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 ファナックは、経済メディアなどで「異様」「異質」といった言葉と共に取り上げられることが多い。だが、同社を世界的トップ企業に育て上げた稲葉清右衛門氏(以下、敬称略)の経営手法は、「事業の絞り込み」にしても「設計段階のモジュラー化」にしても、現代の経営学の教科書に載っているような確立された知見である。表面的には異様に映るのかもしれないが、稲葉の経営手法は極めて合理的でまっとうといえる。

 同様の戦略は、他社も標榜している。その中で、なぜファナックは突出した高収益体質を確立できたのか。そして、他社はなかなかできないのか。それは、トップが頭の中で戦略を策定することと、組織がその戦略を実行できるかどうかは、別の話だからである。

「シンボル」を積極的に活用

 トップの頭の中にどれだけ優れた理念や戦略が描かれていたとしても、それを実行するのは組織や個々の社員だ。トップの考えを現場が理解できなければ、所詮は絵に描いた餅である。「戦略の策定」と「戦略の実行」の間には、大きなギャップが存在する。

 そもそも、強靭(きょうじん)な企業体質は一朝一夕に構築できるものではない。トップの考え方が社員一人ひとりに浸透し、その目標に向かって全ての部門と社員がぎりぎりの努力を長年積み重ねて、初めて実現するものだ。組織や社員が無意識のうちに日々繰り返すルーチンにまで昇華して、ようやく企業体質は強靭なものになる。

稲葉清右衛門氏
稲葉清右衛門氏
(出所:ファナック)

 稲葉は、自分の考えを組織の末端まで浸透させ、組織として徹底的に実行することに心血を注いできた。富士通からの分離独立以降、稲葉はあらゆる手段を使ってファナックの理念と目標を発信し、それらを組織全体で共有することによって、社員のベクトルを合わせようとしてきた。理念を共有することの重要性を、稲葉は次のように述懐する。「一つの明確な理念のもとに、全社員がそれを厳密に理解し、実行してゆくならば、安易に妥協して怠惰に陥ることもないだろうし、面子にとらわれて虚偽の行為に走ることもおこるはずがないのである」(稲葉清右衛門『黄色いロボット』)。

 理念の共有には様々な方法があるが、稲葉はシンボルを活用した。シンボルはそれを見る人に、世界観や人生観に応じた多様な解釈を許容し、想像力を触発する。稲葉は、シンボルが人の意識にもたらす効果を理解し、その力を積極的に利用することで、社員の意識を同じ方向に向けようと努力してきた。