宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を主導する次世代の国産主力ロケット「H3」。主エンジン「LE-9」の燃焼室冷却やターボポンプのタービン翼構造などには、構造がシンプルで信頼性の高い「エキスパンダー・ブリード・サイクル」採用のための限界設計がなされており、トラブルの発生は半ば予期されていた。H3ロケット初号機の打ち上げ延期は果たして1年で収まるのだろうか。
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第1回:打ち上げ1年延期、想定外だったエンジン燃焼室壁面の亀裂 | 日経クロステック(xTECH)
第2回:H3ロケットを打ち上げ延期に追い込んだ2つの「想定以上」 | 日経クロステック(xTECH)
限界設計で熱変換の効率を向上
エキスパンダー・ブリード・サイクルがそれまで「大型エンジンには向いていない」とされていたのは「2乗3乗則」という物理的な壁があったからだ。エキスパンダー・ブリード・サイクルでは、ターボポンプを駆動する高温ガスを、燃焼室壁面での熱交換で得る。エンジンを大型化するためにはターボポンプの出力も高める必要があるので、より大量の熱エネルギーを燃焼室壁面から得なくてはならない。
壁面から得られる熱エネルギーは壁面の面積に比例する。物体の表面積は寸法の2乗、体積は寸法の3乗で変化する。これが「2乗3乗則」だ。エンジン推力を大きくするには燃焼室を大型化する必要があるが、表面積は体積ほど増えない。
つまり、大推力エンジンでエキスパンダーサイクルを採用しようにも、吸熱に使う燃焼室壁面の面積が足りない。大型化するとターボポンプを駆動するのに十分な熱エネルギーを得るのが難しくなる。
この物理的な壁を乗り越えて、大推力のエキスパンダー・ブリード・サイクルエンジンを実現するには2つの方法がある。1つは燃焼室壁面からの吸熱の効率を上げる。もう1つは、ターボポンプで熱エネルギーを軸回転エネルギーに変換する効率を上げることだ。燃焼室壁面から少しでも多くの熱エネルギーを得て無駄を最小限にとどめて、ターボポンプ軸の回転エネルギーに変換する手法だ。
「効率を上げる」と簡単に書いたが、これは燃焼室壁面の耐熱温度や厚さ、ターボポンプの振動などで限界に近い設計を行うことを意味する。つまりLE-9は、推力1471kN(約150tf)もの大型エンジンを、エキスパンダー・ブリード・サイクルで実現すると決断した段階で、「問題が出るとすれば、限界に近い設計が求められる燃焼室の冷却とターボポンプを駆動するガスの加熱回り及び、ターボポンプのタービン翼回りだ」とあらかじめ分かっていたのだ。