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反応中間体の溶出を止める

 前回述べたように、Li-S2次電池はこの高い重量エネルギー密度が最優先の飛行体など特定の用途で製品化が迫っている。しかし、サイクル寿命を大幅に伸ばしてLIB同様に幅広い用途で使えるようにするには技術的課題が残っている。課題は大きく3つある(図4)。

図4 実用化には課題山積
図4 実用化には課題山積
Li-S2次電池の実用化を阻む主な課題を示した。長年の課題は正極活物質が電解液に溶出してしまうこと。硫黄は絶縁体であるため、活性炭などの導電助剤との複合化も不可欠である。負極の課題は、電解液との界面にデンドライトが形成される点。容量低下や短絡(ショート)につながる。(図:日経クロステックが作成)
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 (1)正極活物質の電解液への溶出、(2)硫黄が絶縁体であること、(3)負極界面のデンドライト形成である注3)

注3)(3)については、負極界面に保護膜を形成することで抑制できる。OXIS Energyは、ポリマーとセラミックの保護膜を設けた。これにより、Liの析出を防ぐことができ、サイクル寿命を約1.5倍に伸ばした。また、デンドライトはLi金属の電位で発生するため、比較的電位が高いSiやSiOを負極に使うことも有効な手段である。

 容量低下の原因となるのは(1)である。S8は還元時に、一足飛びにLi2Sへと変化するのではなく、多硫化リチウム(Li2Sx)という中間状態を経ながら複雑に還元が進行する。Li2Sxの中でも、特にLi2S8やLi2S6が溶けやすく、これまでLIBで利用してきた有機電解液のほとんどで溶出する(図5)。

図5 反応中間体である多硫化リチウムが電解液に溶けやすく、Li-S2次電池は寿命が短い
図5 反応中間体である多硫化リチウムが電解液に溶けやすく、Li-S2次電池は寿命が短い
正極活物質の還元反応と、反応中間体の多硫化リチウムが電解液に溶出するイメージ。硫黄分子は同じ放電電位において複数の還元反応が進行し、同時に異種の多硫化リチウムが生じる可能性がある(a)。多硫化リチウムは一般的なLIB用の有機電解液に溶出しやすいため、正極または電解液に溶かさない対策をする必要がある(b)。(図:(a)は産業技術総合研究所などが2020年11月の「第61回電池討論会」で発表(講演番号:1H07)した内容を基に日経クロステックが作成、(b)日経クロステック)
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 Li2Sxの溶出を防ぐアプローチは、大きく3種類ある。(a)担持材料兼導電助剤であるカーボン材料の形状を工夫して、電解液と反応しないようにすること、(b)活物質を溶かさない電解液を開発して使用すること、(c)Li-S2次電池の全固体化、の3つである注4)

注4)第4のアプローチとして、硫黄系樹脂を使うという方法もあり、特にSPANという材料がサイクル特性確保の点で非常に有望とされているが、現時点では実用化されていない(最終ページの「高サイクル特性のSPAN、セル製造時の負担がネック」参照)。

直径2nmの細孔にSを格納

 (a)のアプローチによるカーボン材料の有力候補の1つが「ミクロ多孔性カーボン(Micro-Porous Activated Carbon:MPAC)」だ。関西大学 教授 石川正司氏の研究室では、MPACを担持材に使用し、Li2Sxの溶出抑制を試みている(図6)。MPACは溶出抑制だけではなく、硫黄が絶縁体であるために容量発現が少ないという(2)の課題も改善する。

図6 炭素粒子上の2nm以下の細孔に鎖状硫黄分子を担持する
図6 炭素粒子上の2nm以下の細孔に鎖状硫黄分子を担持する
ミクロ多孔性カーボンに硫黄を担持して活物質の溶出を防ぐイメージ。同カーボンは粒径が数µmの粒子に、直径2nm以下の細孔が無数に空いている(a、b)。硫黄分子の最安定構造は王冠型の環状構造だが、その結合を加熱によって切断し、鎖状となった硫黄を同カーボンの細孔に担持する(c)。電解液中の溶媒分子は穴が細すぎて入り込めず、中の多硫化リチウムと反応しない。一方でLiイオンは、穴に入り込む前に脱溶媒和するので、イオン単体となって入り込むことができる。界面反応だけを見れば全固体系と同じである(d)。 (図と写真:(a、b)は石川氏、(c、d)は日経クロステックが作成)
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 MPACは、粒径が数µmの粒子に、直径2nm以下の細孔注5)が無数に空いていることが特徴だ。MPACと硫黄を空気雰囲気下で加熱(155℃、5時間)・複合化したものを正極に使う。硫黄分子は加熱により最安定構造である王冠型から鎖状に変化し、MPACの細孔に入り込むという仕組みである。

注5)細孔には3種類ある。直径2nm以下の細孔を「ミクロ孔」、2n~50nmを「メソ孔」、50nm以上を「マクロ孔」という。

 この正極を用いると、電解液中の溶媒分子が活物質と反応しにくくなる。溶媒分子が直径2nmの細孔に入り込めないためだ。一方Liイオンは、粒子の手前でフリーになって(脱溶媒和して)細孔に入り込み、活物質と酸化還元反応できる。

 MPACを活用したことで、サイクル寿命は飛躍的に向上した。低エネルギー密度であれば、500サイクル以上を達成できるという。