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超音速機はなぜ普及しなかったのか?

楠木:超音速機に話を戻しますと、「コンコルド」みたいなものですよね。人々はどこに惹かれたのでしょうか? スピードですか?

藤野:やはりスピード、言い換えると時間短縮です。「ニューヨークーロンドン3時間半」といったキャッチフレーズです。⾮常にキャッチーなバズワードで、時間的な短縮という点がとても魅⼒的だったわけです。

楠木:その超音速機が普及しなかった理由として際立ったものは?

藤野: 1つは経済性です。ビジネスとして成り立つモデルができなかった。もう1つは環境性です。技術的に、超音速で飛ぶと衝撃波が発生し、それが地上に届くと爆音になることに加え、住宅などのガラスが割れてしまう恐れがあります。このため今でも大陸の上空を超音速で飛ぶことは認められていません。離着陸時の騒音も空港周辺の環境問題となりました。そういうこともあり、利用可能な航路と空港が限られていました。

 そして3つ目が安全性です。例えばコンコルドの場合、概念設計の頃からある懸念がありました。私の知人でコンコルドの概念設計にコンサルタントとして招かれた人から聞いた話ですが、 1つのジェットエンジンが壊れて破裂すると、もう1つのエンジンも破壊される可能性があり、片翼の2つのエンジンを同時に失い大事故につながる恐れがあるという安全性の懸念を概念設計の時点から指摘していたそうです。超⾳速機に詳しい技術者から聞いたこの話を覚えていたので、実際にコンコルドが事故を起こした際には、それを思い出していました。

楠木:超⾳速機が普及しなかったのは、やはり経済性の問題が⼤きかった。「ニューヨークーロンドン3時間半」というのは、確かに魅⼒的です。しかし、それが本当にビジネスとしてペイするのかというのは、みんなが超⾳速機に⽬を奪われているときは思わなかったのでしょうか。

藤野:一般の方はそういった事情を分かりませんし、キャッチーなバズワードがあると、とても魅力的で興奮するものです。私がいつも言っているのは、「ガートナーズ・ハイプ・サイクル」の存在です(編集注:米調査会社のガートナーが毎年発表する2000以上のテクノロジーをグループ化して、それぞれの技術について成熟度、採用度、社会への適用度などを示した図)。

 「空⾶ぶタクシー」のようなバズワードがあると新世代の⼈はその魅力的な夢に⾶びつきます。いわゆるPeak of Inflated Expectationです。しかし実現するにはさまざまな壁があって現実というものに直面して、徐々に期待値が下がり幻滅して(Trough of Disillusionment)、そこからまた徐々に問題をクリアして上昇していき(Slope of Enlightenment)、最終的に実現できる。それが、激動期の過程、ガートナーズ・ハイプ・サイクルの現実です。激動期という⾔葉を使うときには、そういった冷静な技術視点や時間軸、基準を持っていないと、マネジメントは⼤きな判断ミスを起こしてしまいます。

 ⼀般論として、バズワード化している多くの技術には落とし⽳があります。マネジメント側の多⾯的な技術評価がまだ十分にできていないのに、世間の過度な期待に反応してしまう。さらにそれを投資家もあおるので、現実を直視しないで見切り発車で決定してしまうケースも少なくありません。つまり技術面、マネジメント面で適切な判断を行わずに間違いを起こしてしまうリスクがある。

 投資家が金融的な面からのアジェンダでそれをあおることはある程度仕⽅ないことですが、経営者側としては、そういう状況に遭遇したときに「流行に乗り遅れてはいけない」と慌てて⾶びついてしまうことには注意が必要だと思います。技術の激動期ではスピード感をもって、そして素早く行動することが重要ですが、慌てて行動してはいけません。