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食のシーンにデジタル技術やサイエンスを融合してイノベーションを創出する「フードテック」が、多くの業種を巻き込んだ産業大移動を起こしている。そこには、日本の家電メーカー再浮上へのヒントが詰まっている。ビジネスコンサルティング会社であり、フードテックなど新領域での事業創生にも取り組むシグマクシスに最新動向を解説してもらった。今回は「キッチンOS」を中心に紹介する。

家電をアンロックするキッチンOS

 「食のGAFA」。フードテック業界でこう呼ばれている存在が、キッチンOSというプラットフォームを展開するスタートアップだ。キッチンOSとは、調理家電のIoT化によってキッチン関連のアプリを幅広く連携させる基盤を指す。例えばスマホのアプリにあるレシピを、Wi-FiやBluetoothでつながった調理家電に読み込ませて動作させることが可能になる。食材のEC(電子商取引)サイトにもつながる。

 レシピを取り扱うキッチンOSには、GAFAのごとく、ユーザーのプロフィール、調理実績、購買実績といったデータがどんどん蓄積される。このため、大手家電メーカーや大手食品メーカーをつなぐハブとなり、業界の垣根を超えた連携が始まっている。

 キッチンOSの代表的な存在が米Innit(イニット)。同社のアプリを例に仕組みを見ていこう(図1)。ユーザーはアプリでアカウント登録し、食の好み、アレルギー、ビーガン(完全菜食主義者)やベジタリアンなどの嗜好、食材、保有する家電製品などの情報を入力する。Innitは、これらのデータを基に、ユーザーにパーソナライズ化したレシピを提案する。このレシピ情報をコマンドとして、Innitアプリがキッチン家電を制御する。

図1 食材と家電のハブとなり新しい調理環境を提供
図1 食材と家電のハブとなり新しい調理環境を提供
食材調達、レシピ検索、調理という体験が、フルスタックにつながることで劇的に変化する。Innitのアプリはユーザーが登録した様々な情報を元にレシピを提案し、連携する調理家電を制御する。(図:Innit、SIGMAXYZ)
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 電子レンジのプリセットメニューとは異なり、Innitの仕組みでは、ユーザーがレシピコマンドを送信した際に「このレシピ、この食材ならば、この方法で加熱する」などと、アプリ側でその都度、調理方法を判断する柔軟性を持っている。

 Innitは家電メーカーとの提携も広げている。独Bosch(ボッシュ)、GE Appliances、韓国LG電子などが協力し、Innitアプリでの家電制御を実装している。一方、食材に関しても小売りや食品メーカーとの連携を進めている。例えば、米食肉大手のTyson Foodsとは、同社の肉製品に合わせた調理家電コントロールができるよう、肉のパッケージからInnitのアプリにその情報を読み込めるように工夫している。こうして食材から購買、調理に至るまでのステップが完成する。

大企業とスタートアップが連携する時代

 現在、キッチンOSを展開する代表的なスタートアップには、Innitのほかに、米SideChef(サイドシェフ)、米Chefling(シェフリング)、さらに調味料や食材を計量するスマートスケールを提供するアイルランドのDrop(ドロップ)がある。これらのスタートアップは、大手家電メーカーと既に蜜月の関係にある (表1)。

表1 キッチンOSのスタートアップと主要家電メーカーの連携一覧
キッチンOSのリーディングプレーヤーのSideChef、Innit、Dropは、複数の家電メーカーと連携を拡大している。(図:SIGMAXYZ)
スタートアップ
事業領域
スタートアップ 主な家電メーカーの
パートナー
レシピ Yummly Whirlpool
Sidechef GE Appliances、Electrolux、
LG Electronics、AEG、Samsung Electronics、シャープ、Bosch、パナソニック
innit GE Appliances、B/S/H、Electrolux、
LG Electronics、AEG、beko、Philips、Grundig
レシピ&計量器 Drop GE Appliances、Bosch、LG Electronics、
thermomix、InstantBrands、ケンウッド、
パナソニック
計量器 Perfect Company Vitamix
食材在庫管理 Chefling GE Appliances、Bosch
料理手順支援 Hestan Smart Cooking GE Appliances、Thermomix

 特に海外の家電メーカーは、調理家電単体の機能だけではもはや差異化は図れないと判断し、「新しい価値」を求めてキッチンOSのスタートアップと提携する道を選んでいる。先般のSKS Japan 2020では、SideChefとDropの創業者自らがそれぞれ登壇し、日本企業とコラボレーションをしたいとラブコールを発した。

 キッチンOS以外でも、調理家電が食材やアプリと融合し、製品単体というよりも継続的なリターンが期待される事業モデルを模索する動きが出ている。日本ではシャープが「ヘルシオデリ」という料理キットを提供している。コロナ禍において自宅で料理する機会が増え、こうした「調理家電+食材」に注目が集まっている。

 今後、家電と食材の距離はますます縮まり、サービスとの融合が進むと考えられる。家電メーカーは製品単体の機能だけを改善するのではなく、食材・調理体験までをつなげた事業モデルを構築することが不可欠になる(図2)。

図2 新家電を基軸にした食材販売モデルも登場
図2 新家電を基軸にした食材販売モデルも登場
ミールキットなどをサブスクリプションで提供するビジネスモデルなどが台頭している。(写真:各社)
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