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宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業などが開発を進める日本の次期基幹ロケット「H3」。その開発経緯を追いかけると、ライバルの1つである欧州宇宙機関 (ESA) が開発するロケットシリーズ「アリアン」の姿が浮かび上がる。H3の開発に与えたアリアンの影響とは何か。科学技術ジャーナリストの松浦晋也氏が解説する。

 H3ロケットの初号機(試験機1号機)は2021年度内に打ち上げを予定している。H3の性能・仕様を、ESAが開発中の次世代ロケット「アリアン6」と比較すると、1つの大きな違いがあることが分かる。それは、打ち上げ能力(打ち上げられる衛星の質量)だ。

 コアロケットの直径はH3は5.2m、アリアン6は5.4mで全長は共に63mと、ロケットの規模としてはほぼ同じだ。共に固体ロケットブースターを4本装着した構成である「H3-24」と「アリアン64」で静止トランスファー軌道*1への打ち上げ能力を比較すると、H3-24は6.5t以上であるのに対して、アリアン64は10.5tと約1.5倍である。これは、アリアン6が装着する固体ロケットブースター「P120」がH3のほぼ2倍規模のものであるためだ。

*1 近地点が高度数百kmから数千km、遠地点高度が静止軌道と同じく高度3万6000kmの細長い楕円軌道。静止軌道への打ち上げでは、ロケットはいったん静止トランスファー軌道に衛星を投入する。その後、衛星は自前の推進系を使って静止トランスファー軌道から、静止軌道に乗り移る。
アリアン6ロケット(画像:Arianespace)
アリアン6ロケット(画像:Arianespace)
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 10.5tというアリアン64の打ち上げ能力は、5t級の商業静止衛星を2機同時に打ち上げるのを前提としている。同じロケットで衛星を2機打ち上げれば、1回当たりの打ち上げコストが、5t級の商業静止衛星を1機しか搭載できない競合ロケットの2倍以下なら顧客に一層の低価格を提示できるからだ。

 アリアンの打ち上げを担うフランス・Arianespace(アリアンスペース)は、1988年に運用を開始した「アリアン4」で、2衛星同時打ち上げによって1衛星当たりの打ち上げコストを下げ、市場の覇者となることに成功した。その手法は現行の「アリアン5」に引き継がれ、さらに「アリアン6」へと継承された。

 これに対してH3は、6.5t級までの静止衛星を単機で打ち上げることを狙っている。これはH3の商業打ち上げ市場参入に向けた戦略を示している。

 2衛星同時打ち上げの場合、2つの異なる人工衛星の打ち上げスケジュールをそろえなければならない。アリアンスペースはしばしば、スケジュール調整がかなり煩雑な作業だと表明している。それでもアリアンが2機同時打ち上げを行うのは、十分な市場シェアを持ち、数多くのバックオーダーの中から打ち上げる衛星の組み合わせを選べるからだ。スケジュール調整の余裕を持ち続けているからこそ、衛星2機同時打ち上げを基本戦略に採用できるとも言える。

 これから本格参入を目指すH3は、そもそも打ち上げ契約がない状況から始めるので、そのようなスケジュール調整の余裕を持たない。だから、単機打ち上げでも十分なコスト競争力を持つような機体として設計し、開発しているわけだ。