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 2021年12月23日午前0時32分、種子島宇宙センターからH-IIAロケット45号機が打ち上げられた。打ち上げは成功し、搭載した英国の衛星通信事業者であるインマルサット社の通信衛星「インマルサット6-F1」を予定した軌道に投入した。

インマルサット6-F1を搭載したH-IIA45号機の打ち上げ
インマルサット6-F1を搭載したH-IIA45号機の打ち上げ
(出所:三菱重工)
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 この打ち上げは、H-IIAにとって2回目の商業契約に基づく民間静止衛星の打ち上げであり、同時に最後の商業打ち上げでもあった。日本は1985年に開発を開始した前世代のH-IIロケットからH-IIAの2世代のロケットで、国際的な商業打ち上げ市場への参入を目標として36年間に52回打ち上げた。しかし、商業契約に基づく民間静止衛星の打ち上げは、全52回のうち2回に終わった。H-IIAは2023年には引退し、後を新世代の「H3」ロケットに引き継ぐことになる。

 打ち上げ後の記者会見では、今回初めてH-IIAを利用した衛星事業会社の英国Inmarsat(インマルサット)側からは、H-IIAに対して好意的な発言が相次いだ。同社は後継として開発中の「H3」ロケットの利用にも積極的な姿勢を示している。

 インマルサットという会社の出自を考えると、彼らが何を考えて実績の少ないH-IIAの利用に踏み切ったかが見えてくる。インマルサットとしては、さまざまな種類のロケットに自社衛星の打ち上げを分散して、リスクを最小にとどめると同時に、商業打ち上げ市場の寡占化・独占化を防ぎたいのだ。

36年で2回、実質は1回

 日本の静止軌道打ち上げに向けた動きは、特殊法人の旧宇宙開発事業団(NASDA)を設立した1969年に始まった。米国から「デルタ」ロケットの技術を導入し、N-I(75年初打ち上げ)、N-II(81年初打ち上げ)、H-I(86年初打ち上げ)と連続してロケットを開発して経験を積む。ただし、これらのロケットは米国との契約で商業打ち上げを行うことは事実上不可能だった。

 そこでNASDAは85年から、商業打ち上げに利用できる完全国産のH-IIロケットの開発を開始。市場への参入を目指した。そのために90年には関係75社からの出資を集めて「ロケットシステム」という専門の商社を設立している。

 H-IIは94年から運用を開始したが、折からの円高で価格(年2機で1機170億円、4機で140億円)が米ドルベースでは高価になってしまった。この価格が主な原因となり、市場参入を果たせなかった。

 次の一手としてNASDAは96年から、コストダウン設計を徹底した次世代機H-IIAの開発を始めた。目標コストはH-IIの半額の1機85億円だ。H-IIAは当初、国際市場で好意的に迎えられ、ロケットシステムは96年に米Hughes(ヒューズ、現ボーイング)と米Space Systems/Loral(スペースシステムズ・ロラール、現Maxar Technologies)という大手衛星メーカー2社から衛星打ち上げの受注に成功した。

 ところが98年にH-II5号機、99年にH-II8号機と打ち上げに失敗し、信頼を落としたことで事態は暗転する。ヒューズとの契約は2000年に破棄された。03年にロラールが、連邦破産法11条(チャプター11)による会社更生となったことから、同社との契約も破棄されてしまった。