「打ち上げロケットを探しているペイロード(積載物)にとって、日本の『H3』ロケットは選択肢になり得る。世界の商業打ち上げ市場は、衛星打ち上げロケットの不足に直面しているからだ」――。
人工衛星打ち上げ大手のフランスArianespace(アリアンスペース)CEO(最高経営責任者)のステファン・イズラエル氏は、2022年10月27日に東京で開いた記者会見で、こう指摘した。同社は、欧州の衛星打ち上げロケット「アリアン5」と「ベガC」による商業打ち上げを実施している。ロシアのウクライナ侵攻以前は、この他にロシアの「ソユーズ」ロケットを使った商業打ち上げも行っていた。
ロケットが不足した原因は主に3つだ。
[1]ロシアのウクライナ侵攻への反発に伴い、ソユーズの商業打ち上げ市場への提供をロシアが拒否した。
[2]米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム、以下アマゾン)が2022年4月に、巨大通信衛星コンステレーション(群)「プロジェクト・カイパー」(Project Kuiper)のために、合計83機の大規模なロケット打ち上げを発注した。
[3]欧州の次世代ロケット「アリアン6」、日本の「H3」、米United Launch Alliance(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス、以下ULA)の「バルカン」など、当初2020年の初打ち上げを予定していたロケットの開発が軒並み2~3年程度遅れている。
これにより2023年から2024年以降にかけて、商業打ち上げ市場では世界的にロケットが不足している。アリアンスペースは打ち上げ失敗などの事態に備えて、三菱重工業との間にペイロードを融通し合うアライアンスを結んだ実績がある。今後の推移によっては、アリアンスペースが契約した衛星を三菱重工業のH3で打ち上げる可能性もあるという。
「ウクライナ」と「アマゾン」で欧州政府系衛星も打ち上げできず
アリアンスペースは1996年以降、ロシアとの合弁企業Starsem(スターセム)を通じてソユーズロケットによる商業打ち上げを実施している。2008年からは南米フランス領ギアナにある欧州の射場のギアナ宇宙センターからも、ソユーズによる打ち上げを開始した。欧州の測位衛星システム「ガリレオ」や欧州宇宙機関(ESA)の科学衛星などで打ち上げ実績を積み上げ、640機余りの衛星で通信衛星コンステレーションを構築する衛星通信会社の米OneWeb(ワンウェブ)から打ち上げを受注。2021年はワンウェブで8回、ガリレオで1回の合計9機のソユーズを打ち上げた。
ところが2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻。ロシア政府は、2022年3月6日に予定していたロシアのボストーチヌイ宇宙基地におけるワンウェブ向けのソユーズロケットの打ち上げを無期限延期とした。ワンウェブの打ち上げは2022年2月10日を最後に、ソユーズロケットを利用するめどが立たなくなった。
アリアンスペースはその後、同社が契約していたソユーズによる衛星打ち上げ予定の代替手段を手配。ワンウェブはインド宇宙研究機関(ISRO)の「PSLV(Polar Satellite Launch Vehicle)」ロケットや米SpaceX(スペースX)の「ファルコン9」などへ移行する手はずを整えた。この調整は続いており、その中にはESAの宇宙赤外線望遠鏡「ユークリッド」、小惑星探査機「ヘラ」や日欧協力の地球観測衛星「アースケア」といった欧州の政府系衛星・探査機も含まれる。
政府系衛星・探査機は、本来は欧州域内での打ち上げ需要を底固めするために、アリアンスペースが打ち上げる方針となっている。それぞれ本来ならばアリアン5やベガ、さらには現在開発中のアリアン6などで打ち上げるべきものだ。
そこに割り込んだのがアマゾンだった。同社は2022年4月、衛星3236機から成る巨大な通信衛星コンステレーションであるプロジェクト・カイパーのために、アリアンスペースを含む商業打ち上げ3社と大規模な打ち上げ契約を結んだ。アリアンスペースのアリアン6ロケット18機、米ULAのバルカン38機、米Blue Origin(ブルーオリジン)の「ニューグレン」ロケットで確定12機にオプション15機、合計83機だ。
もともとアリアンスペースは静止商業衛星の打ち上げでコンスタントに契約を獲得している。そこにアマゾンからの大型発注が入ったために、2024年以降のアリアン6の打ち上げに、新たな衛星を割り込ませる余裕がなくなってしまった。