日本の次期主力ロケット「H3」の最終試験ともいうべき第1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)が成功した。2023年3月ごろに予定されているH3初号機打ち上げは、秒読み段階に入ったといってよい。しかし、仮に初号機打ち上げが成功したとしても、それで全てが完結するわけではない。むしろ、そこからがH3の成否を決める正念場といえる。では、何が成否の鍵を握るのか。科学技術ジャーナリストの松浦晋也氏が解説する。第2回は、H3の主エンジンであるLE-9が抱える課題だ。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めている「究極の使い捨てロケット」であるH3。それを象徴するのが、新開発の第1段エンジン「LE-9」だ。LE-9の特徴は、「エキスパンダー・ブリード・サイクル」の採用にある。構造がシンプルで低コストだが、本来は小型のロケットエンジンに向いているエンジンサイクルを、大型ロケットであるH3のエンジンで採用したのだ。
液体ロケットエンジンは、高圧の主燃焼室に液体推進剤を押し込んで燃焼させ、発生した高温高圧のガスを噴射して推力を発生させる。推進剤を押し込む方法は、[1]高圧ガスタンクからのガス圧で押し込む[2]ポンプで押し込む、の2つ。ポンプは通常、タービンで駆動する「ターボポンプ」を使用する。タービンを回すためには高温ガスが必要だ。一般的な液体ロケットエンジンは、タービンを回すために主燃焼室とは別の小さな副燃焼室で少量の推進剤を燃焼させて高温ガスをつくる*1。
LE-9が採用したエキスパンダー・ブリード・サイクルは副燃焼室を使用しない。これがメリットの1つだ。
エキスパンダー・ブリード・サイクルは、液体ロケットエンジンの主燃焼室壁面内部に液体燃料の一部を循環させて冷却し、運転中の溶損を防ぐ。この時に主燃料室の壁面で熱せられた液体燃料が高温ガスとなり、ターボポンプを駆動させる。このようにすると副燃焼室を設置しないで済む。燃焼室は複雑な構造を持つコンポーネントで、製造コストは決して安くない。副燃焼室を省けばその分、低コストで製造できるわけだ。
それだけではなく、エキスパンダー・ブリード・サイクルのエンジンは、配管のどこで推進剤漏れや破断が起きても、エンジンが停止するだけで爆発を起こさない。低コストかつ安全性の高いエンジンなのだ。日本は、H-IIロケット第2段エンジン「LE-5A」で採用してから、このエンジンサイクルの技術に磨きをかけてきた。