全3105文字
PR

 失敗はいつでも予想外の方向からやってくる——。「H3」ロケット初号機の打ち上げは第2段不着火という「まさか」のトラブルで失敗した。

 H3は当初2020年度の打ち上げを目指していたが、第1段エンジン「LE-9」の開発が難航して、2年延期した。このため事前の注目は第1段に集中していた。第2段の「LE-5B-3」エンジンは、1994年初打ち上げの「H-II」のために開発した「LE-5A」エンジンにルーツを持つ。すでに30年近い実績があるわけで、まさかトラブルを出すとは思ってもいなかった。これまで長く宇宙開発を取材し、実際にH3打ち上げの現場にもいた者として、当日の様子と所感をお伝えしておく。

H3打ち上げの瞬間
H3打ち上げの瞬間
2023年3月7日午前10時37分55秒、H3ロケット初号機は打ち上げられた。しかし第2段が着火せず、打ち上げは失敗に終わった。(写真:松浦晋也)
[画像のクリックで拡大表示]

青空に延びる噴煙、「うまくいくに違いない」と思ったが

 2023年3月7日、H3打ち上げの時に私は種子島宇宙センターのプレスセンター屋上にある観望台にいた。固体ロケットブースターが着火して機体が上昇するのを、祈るような気持ちで見つめていた。

 LE-9は低コスト化と安全性向上のために、推力100tf以上の大推力エンジンとしては、初のエキスパンダー・ブリード・サイクルというエンジンサイクルを採用している。

 同サイクルは本来、推力30tf以下の中・小推力エンジンに向いた形式だ。技術的な成立性ぎりぎりを狙った設計なのである。このエンジンがうまくいけばH3の打ち上げは成功する——。LE-9よ、止まるな。最後まで仕事をしろ、と思いつつ、快晴の空に白く伸びていく噴煙を見ていた。

 美しい打ち上げだった。固体ロケットブースター「SRB-3」の燃焼が終了し、切り離される。超望遠カメラの視野でブースターが第1段から離れていくのがはっきりと見えた。

 よし、1つタスクをクリア。次は第1段燃焼終了だ。

 打ち上げ後296秒、第1段燃焼終了。304秒、1段と2段切り離し。心配していた第1段は完璧な仕事をした。構内放送のアナウンスの背後から関係者の歓声が聞こえてくる。力が抜ける思いだった。これで打ち上げはうまくいくに違いない。

 一方で、「最後の最後まで打ち上げは分からないぞ」と途中で喜ぶのを引き留める自分がいた。私は2003年11月29日の「H-IIA」ロケット6号機の打ち上げ失敗の時も、このプレスセンターにいた。あの時、ロケットはすぐに雨がちの曇り空に消えていき、「どうせ成功するだろう」と階下に降りてきて原稿を書いていたら、いきなり「ミッション達成の見込みがないために、指令破壊コマンドを送信しました」というアナウンスがあってびっくりしたのだった。

 今回も1段・2段分離のアナウンスを聞いて、日経クロステックに送る原稿を書くため、カメラと三脚の撤収を始めた。その途中から疑念が徐々に大きくなっていった。おかしい、構内アナウンスが止まっている。普通なら第2段エンジンの着火に続き「ロケットは順調に飛行を続けています」というアナウンスがあるはずだ。それが1段2段の分離の後、沈黙している。

 予感は当たった。