「長年にわたり、我が国の最大の課題と言われてきたのが『少子化』の問題です」――。菅義偉首相は2021年1月18日の施政方針演説で、日本が直面する少子化への対策について時間を割いて説明した。その1つとして打ち出したのが、2022年4月からの不妊治療の保険適用である。

不妊の原因の40~50%は男性側に存在するとされており、男性不妊の8割は精子形成に関連した「造精機能障害」が原因になっている。こうした男性不妊で有効になる顕微授精などの不妊治療の成功率を高めようと、AI(人工知能)で良好な精子の判別を支援する技術の開発に各社が取り組み始めた。「実現すれば大きなインパクトがある」(国際医療福祉大学の河村和弘高度生殖医療リサーチセンター長)と、医療現場からの期待も高い。
AIの技術開発に取り組む1社がオリンパスだ。顕微授精に用いる顕微鏡事業を手掛ける同社は東京慈恵会医科大学との共同研究を通じて、良好な精子の判別をAIでアシストする技術の開発を進めている。最終的にはこのAI技術を搭載した顕微授精向け顕微鏡の実現を目指している。

1つの精子を卵子に注入する顕微授精では、良質な精子を選ぶことが受精率を高めるポイントになる。現在の選定作業は、胚培養士と呼ばれる専門職が目視と手作業で、精子の「運動性」や「形態」などを基準に実施している。胚培養士の知識や経験に依存した判別精度のばらつきとともに、胚培養士への負担が課題とされている。AIを活用して、これらの課題の解決に挑む。
精子の運動性と形態のうち、オリンパスと東京慈恵会医科大学は運動性を算出するAIを開発したことを2019年11月に発表済み。1066個の精子画像を学習させ、AIが動画内の精子を認識し、その運動性能を算出することに成功した。運動性能に優れた精子の軌跡をリアルタイムで表示する。さらに2020年11月には、精子の形態を判別するAIを開発したことを明らかにした。精子の頭部などの形態をAIに学習させ、熟練の胚培養士が採用する形態と採用しない形態の精子を、異なる色で囲んで動画中に表示する。