NTTが現実世界をそっくり再現した仮想社会を作り上げようとしている。交通やインフラ、そしてヒトまでの「あるかもしれない未来」を洗い出し、即座に反映する。超高精度な3次元地図に、実世界のリアルタイムデータを加えた巨大なデジタルツインだ。実現すれば、日常生活や人間の価値観を一変させてしまう可能性を秘める。
NTTが2030年代の商用化を目指すIOWN構想。その大きな柱の1つが、現実世界の都市や個人をサイバー空間に再現する巨大なデジタルツインだ。企業や個人のセンシングデータを相互連携することで、交通渋滞から未来の自分に至るまで、幅広い未来予測を可能にしていく。
「デジタルの双子」を意味するデジタルツインは、製造業での工場の最適化など、個別の用途で使われることが多い。それに対してIOWN構想の「デジタルツイン・コンピューティング」は、モノからヒトに至るまで、都市のあらゆる要素から巨大デジタルツインを作り、そこにセンシングデータを反映。リアルタイムに分析する。「個々のデジタルツインをレゴ・ブロックのように組み上げて駆動するイメージだ」とNTT デジタルツインコンピューティング研究センタ長の中村高雄氏は説明する。
この巨大なシミュレーションで目指すのは、さまざまな社会課題の解決だ。例えば、都市のデジタルツインに自動運転車のセンシングデータなどを組み合わせれば、目前の交通状態をあらかじめ予測。その結果に基づいて自動運転車を制御することで、「渋滞のない社会」を実現できる。ヒトの内面までコピーした「もう1人の自分」と対話すれば、個人の意思決定の参考にもできる。
NTTはこれらのデジタルツインを今後数年で実現しようとしている。25年に都市のデジタルツイン上で渋滞予測、27年には個人のデジタルツイン上で「もう1人の自分(Another Me)」を再現するという目標だ。
予測精度高める超高精度な地図
デジタルツインは、これまで多くの企業や政府機関が取り組んできた。NTTのデジタルツイン・コンピューティングがこれら先進例と大きく異なるのは、(1)ヒトからモノに至るまでの膨大なデータを取り扱う、(2)未来予測の精度を高めるためにリアルタイム性が高いデータを扱う、(3)デジタルツインの基盤となる超高精度な3次元地図、という3点だ。
(1)、(2)は、まさにIOWNが実現する超低消費エネルギーや超低遅延という特徴を生かす。都市が生み出す膨大なデータを分析するためには、多くのコンピューティングリソースが必要だ。発生する電力消費を抑えるためには、IOWNの光電融合技術が役立つ。
IOWNのオールフォトニクス・ネットワークは、センサー情報をリアルタイムにデジタルツインに反映するために不可欠だ。自動運転車が普及するような将来には、実世界のセンシングデータを高速処理しなければならない。機械が渋滞などの予測結果から判断し、自動運転車の走行ルートに変化を与えれば、迅速な状況改善が可能になる。マイクロ(µ)秒という超低遅延を目指すIOWNの能力を用いることで、こうした未来が初めて見えてくる。
そして(3)の超高精度の3次元地図は、精緻な未来予測を可能にするための屋台骨になる。NTTは「4Dデジタル基盤」という名前で開発を進めている。
「未来予測の精度を高めるためには、実世界の情報をできるだけ正確にデジタル上に再現しなければならない」とNTT 研究企画部門 プロデュース担当部長の三輪紀元氏は語る。高精度な地理基盤を作り、そこにリアルタイムデータを載せていく。それが4Dデジタル基盤の目指す世界だ。
現在、スマートフォンなどで使われているデジタル地図は、数m単位の誤差が生まれる。この精度では車道と歩道の境目などが分からない。4Dデジタル基盤では、25cm以内という自動運転車の制御にも利用できる高い精度の地図基盤を作成する。
4Dデジタル基盤のベースには、ゼンリンが所有する道路や建築物などの情報とNTTインフラネットがインフラ維持管理で収集した日本全国の3D地図を活用する。NTTは4Dデジタル基盤の開発に向けて、20年にはゼンリンと資本業務提携を結び、ゼンリンの第3位株主になった。NTTインフラネットは、日本全国の通信インフラを整備のための情報を持つ。高解像度の航空写真や、レーザー計測車を用いたMMS(Mobile Mapping System)で空間情報を収集している。