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 「デジタルツインは、人間のあり方を一変してしまうかもしれない。だからこそ今から価値や規範を含めた議論をしていく必要があるのではないか」――。こう語るのは、京都大学大学院で哲学を研究する出口康夫教授だ。NTTと京都大学は2019年、デジタルツインの社会的な課題解決に向けて共同研究を開始した。同社はヒトの内面の再現を含めたデジタルツインを開発し、27年までに「もう1人の自分」を通した最適な意思決定を可能とすることを目指している。社会の価値観を変えるような可能性を秘めるだけに、踏み込んだ議論が欠かせない。

京都大学大学院 文学研究科 教授の出口康夫氏
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京都大学大学院 文学研究科 教授の出口康夫氏
NTTと出口教授は2019年から、デジタルツインの社会的な課題解決に向けて共同研究を進めている(写真:京都大学)

 NTTが開発を進めるデジタルツインは、自分の分身とのインタラクションを通して新たな発想を生み出すことを目指している。同社と出口教授は、デジタルツインという「もう1人の私」をどう受け入れるべきなのかという問題に向けて、取り組みを進める。

 「デジタルツインについて思考実験するなかで、そもそも『私』という概念が2層構造になっていることが見えてきた。デジタルツインとは、その2層が断層のようにずれてしまった状態ではないか」。出口教授はこう指摘する。

 その2層とは、「指標的な私」(Indexical I)と「機能的な私」(Functional I)である。Indexical Iは、「今ここにいる」私という意味だ。今しゃべっている時間や場所における私と捉えればよいだろう。一方のFunctional Iは、外見や能力といった機能面の私である。生身の人間のIndexical IとFunctional Iは当然一致する。だがデジタルツインは、この2つがずれている状態というのが出口教授の指摘である。

「私」は2種類の要素を含む
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「私」は2種類の要素を含む
出口氏の提唱するデジタルツインの「私」像。見かけや思考プロセスなど何もかも同一である機能的「私」と、今ここに生きているという感覚を持つ指標的「私」で構成する(図:日経クロステック)

 例えば私の能力を完全にコピーした、ロボットのような代理型のデジタルツインを考えてみよう。Functional Iにおいて私とデジタルツインは一致する。しかし「今ここにいる」というIndexical Iは必ずしも一致する必要はない。