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 東京電力福島第1原子力発電所(1F、イチエフ)の1・2号機共用排気筒。あの日、放射性物質を含む水蒸気を排出、拡散し、日本の広い範囲に放射能汚染被害を引き起こした原発事故の象徴的存在だったが、2020年5月に上半分約60m分が撤去された。重さ40トンにもなる遠隔操縦工事ロボットを開発し、高層ビルの30階に相当する120mの高さにクレーンでつるして解体作業を行った。大手も参加したコンペを勝ち抜いてこの難工事を担ったのが、地元企業のエイブル(福島県大熊町)だ。

 1992年設立のエイブルは資本金2000万円、従業員数は約200人。10年前までは原子力発電所を支える、東京電力の優秀な下請け工事会社の1つにすぎなかった。それがなぜ、自力で大型ロボットまで開発できる技術力を備え、大手をコンペで退ける元請け企業に変貌できたのか。そこには原発事故で大きく運命を変えた故郷への思いがある。福島第1原発の廃炉措置を長く取材するノンフィクション作家 山根一眞氏が、エイブルを率いる代表取締役社長の佐藤順英氏に話を聞く。

佐藤順英(さとう・ゆきひで) エイブル 代表取締役社長
佐藤順英(さとう・ゆきひで) エイブル 代表取締役社長
大館鳳鳴高を経て1978年日本大学理学部電気工学科卒。東電工業(現・東京パワーテクノロジー)入社。火力発電所の保守業務に就いた後、福島に移り、原子力発電所のメンテナンスに従事する。1992年に独立し、エイブル設備(現・エイブル)を創業。原発のメンテナンス業務を中心に、プラント関連の幅広い業務を手掛ける。3.11の際は福島第1原発で復旧業務を担った。1956年秋田県鹿角市花輪町生まれ。65歳(写真:村上 昭浩)
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 東京電力福島第1、第2原子力発電所で定期点検や配管工事などを担う東京電力の下請け工事会社。それが10年前までの当社の立ち位置でした。

 東京電力系列の保守会社で働く技術者だった私が当社の前身となるエイブル設備を創業したのは30年前の1992年。電力プラントを中心に様々な産業プラントの設計・建設から運用保守まで幅広い仕事を手掛けていますが、事故前は原子力発電所関連のメンテナンスが主力になっていました。

 主な仕事は原発の定期点検に必要な配管のチェックや交換などで、指定された仕事を指定された方法に従って実施していました。厳密さと正確さが必要で難しい仕事ではありますが、長年積んできた経験には自信がありました。一方で毎回の定期点検の仕事は安定しており、大きな変化があるわけでもなかったのも事実です。

 それが「3.11」、2011年3月11日の東日本大震災とその後の福島第1原発事故で一変しました。今手掛けている廃炉関連の工事は経験者が誰もいない仕事です。発注者から技術や方法はほとんど指定されません。高線量の現場で従業員の安全を確保しながらいかにして課題を解決するかが突きつけられるようになりました。

 与えられた方法、技術に頼るのではなく、自分たちの技術力を基に独自の問題解決策を提案して仕事を受注するようになりました。それは、下請け企業からの脱却、自立した企業への転換を意味しています。事故から10年。事業変革に取り組み続けて今回受注し、無事完遂できた1・2号機排気筒の解体・撤去工事は、当社にとっても1つの節目となりました。

撤去前の1・2号機共用排気筒
撤去前の1・2号機共用排気筒
事故時にベントを実施した関係で高線量な上、高さが120mもあり、その解体撤去は最難関工事と言われた(出所:東京電力ホールディングス)
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