全2814文字
PR

 東京電力福島第1原子力発電所(1F、イチエフ)の1・2号機共用排気筒。高さ120m、原発事故の象徴的存在だったが2020年5月に上半分約60m分が撤去された。大手も参加したコンペを勝ち抜いてこの難工事を担ったのが、従業員約200人の小さな地元企業のエイブル(福島県大熊町)だ。1990年代はじめに創業したエイブルは10年前まで、原子力発電所を支える東京電力の優秀な下請け工事会社の1つにすぎなかった。それがなぜ、自力で大型ロボットまで開発できる技術力を備え、大手をコンペで退ける企業に変貌したのか。福島第1原発の廃炉措置を長く取材するノンフィクション作家 山根一眞氏が、廃炉作業に欠かせない企業の1つである知られざる地元企業エイブルの仕事をリポートする。

 2019年4月25日、私は東京工業大学くらまえホールにいた。日本原子力学会創立60周年シンポジウムで特別講演を依頼されたからだ。この講演で私は、福島第1原子力発電所(1F、イチエフ)の取材を含め、11年3月11日以降およそ50回にわたって訪れた東北地方の被災地の取材を基に報告を行った。その講演の最後に披露したのが、「1F-1/2号機排気筒上部解体工事他1件 キックオフ会」というタイトルの動画だ。

エイブルが開発した遠隔作業用工事ロボット
エイブルが開発した遠隔作業用工事ロボット
120mの高さがある東京電力福島第1原子力発電所の1・2号機共用排気筒上部まで大型クレーンでつり上げて作業した。(出所:東京電力ホールディングス)
[画像のクリックで拡大表示]

 「キックオフ会」のビデオを制作したのは福島県の地元企業エイブル(福島県大熊町、佐藤順英社長)だ。私はその前日、福島県広野町の同社事務所にいた。16年夏に初めて同社を取材して以降、数回目の訪問だった。その日もまる1日かけて話を聞いたが、取材終了間際に「今、記録ビデオができました!」と見せてくれたのがこの映像だったのである。その内容に感動した私は、翌日の日本原子力学会シンポジウムで披露する了解を得て、USBメモリーにその動画データを入れて持ち帰った。

 「キックオフ会」記録動画には、1Fの原子炉1・2号機が共用する排気筒の上部の解体工事について、受注したエイブルの準備の日々がつづられており、1Fへ「出撃」するシーンで終わっている。

エイブル広野事務所
エイブル広野事務所
福島県双葉郡広野町に所在する。(出所:Google Earth)
[画像のクリックで拡大表示]

 ちなみにこの動画のプレビュー版にはBGMとして、中島みゆきの『地上の星』のメロディーが流れていた。『地上の星』は、ものづくりを担う人々を取り上げるテレビ番組のテーマ音楽としてつくられたが、その曲の依頼を受けた中島みゆきは、エンジニアたちの仕事の世界が分からず悩んでいたという。その悩みを聞いた、彼女の歯科主治医が「この本を読めばイメージが湧きますよ」と拙著『「メタルカラー」の時代』を渡したのだそうだ。歯科医と私は40年来の親交があったからだ。そして誕生したのが『地上の星』なのである。

排気筒解体工事「キックオフ会」記録動画からの1シーン
排気筒解体工事「キックオフ会」記録動画からの1シーン
(出所:エイブル)
[画像のクリックで拡大表示]

 エイブルのチームは究極のメタルカラー(創造的技術者集団を指すホワイトカラーに対比する言葉として私が創案)であるだけに、『地上の星』はその出撃にふさわしいメロディーだと私は思うが、公開版は著作権に配慮して社歌に差し替えている。