三越伊勢丹が怒濤(どとう)のデジタル攻勢を見せている。組織を再編し、DX推進をリードするグループ会社を立ち上げ相次ぎシステムを開発するなど、従来にないスピード感で矢継ぎ早にデジタル施策を実行。アジャイルでシステムを開発するため新たなIT基盤も構築した。目指すは百貨店のデジタル変革。新型コロナウイルス感染症の拡大で百貨店業界を取り巻く環境が様変わりする中、生き残りをかけた三越伊勢丹の「百貨店DX」の全貌に迫る。
「本日は春先に着られるアウターを3点ご用意させていただきました」「ゆったりと着られ、着心地も大変良いですよ」――。
2021年2月下旬、伊勢丹新宿店(東京・新宿)の紳士服売り場ではWebカメラ内蔵のパソコン越しに顧客の質問に応対しながら商品を紹介する男性販売員の姿があった。従来の百貨店では見慣れない異例の光景だ。
これは、三越伊勢丹が2020年11月に立ち上げたオンライン接客サービス「三越伊勢丹リモートショッピング」の利用風景。独自開発した専用アプリを顧客に使ってもらい、チャットやビデオ通話機能を通じて店員が店頭の商品を販売する仕組みだ。
顧客は気に入った商品があれば、アプリからすぐに購入できる。新型コロナウイルスの影響で店舗への来店客が減る中、同社はオンライン接客によって顧客との接点を増やす狙いがある。既に伊勢丹新宿店のほか、日本橋三越本店(東京・中央)、銀座三越(同)でサービスを展開する。
同サービスの企画に関わった三越伊勢丹MD統括部デジタル推進グループシームレス推進部の原田剛志氏は「お客様からの反応が大変良く、想定以上に使われている」と手応えを口にする。利用者数は非公表だが、以前からの顧客に加えて地方在住の新規客の利用も多いという。
「DXはこれから避けて通れない」と新社長
オンライン接客サービスは、三越伊勢丹が掲げるデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略のほんの一部にすぎない。同社は杉江俊彦社長の号令のもと、DXを軸とした経営強化を打ち出してきた。2021年4月に杉江氏から社長のバトンを受け継ぐ細谷敏幸氏(現岩田屋三越社長)も2月26日の就任会見で「DXはこれから避けて通れない。スピードを緩めることは絶対にない」と、杉江社長が推進してきたDXに引き続き力を入れる方針を示した。
三越伊勢丹がDXに力を注ぐ背景には、百貨店業界が置かれる厳しい現状がある。「小売りの王様」として長年流通業界に君臨してきた百貨店業界だが、バブル崩壊後その座は揺らいだ。専門店との競争激化やEC(電子商取引)の普及によって市場規模は1991年の9兆7130億円をピークに減少に転じ、直近の2020年は4兆2204億円まで縮小している。
縮む市場においてインバウンド需要の取り込みや不動産ビジネスへの転身でしのぐ同業他社が多い中、三越伊勢丹は自主編集売り場など伝統的な百貨店らしさを最後まで守ろうとしている。特に旗艦店である伊勢丹新宿店は1店舗だけで2740億円(2020年3月期)を売り上げ、店舗別売上高で日本一を維持する。2位の阪急阪神百貨店の阪急うめだ本店(大阪市)に300億円以上の差をつけるなど、その強さは圧倒的だ。
それでも業績は厳しく、都内では三越恵比寿店(東京・渋谷)や伊勢丹府中店(東京都府中市)を閉めたほか、地方でも新潟三越(新潟市)を閉店したり松山三越(松山市)の上層階をホテルに転換したりと、店舗網の縮小を余儀なくされた。そこへさらに新型コロナ禍が来て、ファッション売上高比率の高い三越伊勢丹は特にダメージが大きい。
持ち株会社である三越伊勢丹ホールディングスの2021年3月期の売上高予想8000億円は、2008年に三越と伊勢丹が統合した直後の売上高1兆4266億円と比べて4割減る計算になる。2020年11月には中期経営計画を取り下げ、2021年2月には社長交代を発表したばかりだ。ギリギリの状態の中、三越伊勢丹、ひいては百貨店業界全体の浮沈をかけた事業変革の鍵が他ならぬDXというわけだ。