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 東日本大震災では、津波と火災の被害に見舞われた宮城県気仙沼市。10年の間に、気仙沼本土と大島とを結ぶ気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)や復興道路である気仙沼湾横断橋をはじめ、起立式のフラップゲートや窓付きの防潮堤、商業施設など、様々な復興事業が展開されてきた。過去の被害写真を交えつつ、今の気仙沼市の復興状況を写真で見ていく。

気仙沼湾に架かる2橋。手前が復興道路の一部である気仙沼湾横断橋、奥が気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)だ。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
気仙沼湾に架かる2橋。手前が復興道路の一部である気仙沼湾横断橋、奥が気仙沼大島大橋(鶴亀大橋)だ。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
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 宮城県気仙沼市で2021年3月6日、復興道路の一部を成す気仙沼湾横断橋が開通する。橋長は1334m。このうち海上部は長さ680mの3径間連続鋼斜張橋だ。着工は14年6月。基礎に一括架設が可能なトラス支保工を採用するなどの工程短縮策を採用して、早期復興につなげた。

気仙沼湾横断橋を見上げる。公募によって決まった愛称は「かなえおおはし」だ。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
気仙沼湾横断橋を見上げる。公募によって決まった愛称は「かなえおおはし」だ。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
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 すぐ近くには気仙沼本土と大島を結ぶ鋼中路アーチ形式の気仙沼大島大橋(愛称は鶴亀大橋)がある。津波によって大島へのフェリーが被災し、長期間にわたって孤立した経験から、架橋事業に着手した。大島大橋は完成後に維持管理しやすい構造を設計に織り込んでいる。

気仙沼大島大橋。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
気仙沼大島大橋。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
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 気仙沼市には多様な防潮堤が見られる。気仙沼の街の“顔”である内湾地区では、平時の防潮堤の高さを抑えられるフラップゲート(起立式ゲート)を採用した。陸側から海がよく見える。津波襲来時に浮力で路盤部が立ち上がり、防潮堤が1m分高くなる。

海沿いに設置されたフラップゲート。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
海沿いに設置されたフラップゲート。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
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 フラップゲートを巡っては採用から施工まで、様々な問題に見舞われた。東日本大震災後の地盤隆起分を引き下げる設計変更を反映せずに施工してしまい、防潮堤の天端高が設計より22cm高くなる問題が18年に発覚。造り直しに時間やお金を要するため、最終的には現状のまま工事を進めた経緯がある。

フラップゲート。赤色の路盤が浮力で立ち上がる。2021年2月11日撮影(写真:日経コンストラクション)
フラップゲート。赤色の路盤が浮力で立ち上がる。2021年2月11日撮影(写真:日経コンストラクション)
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 気仙沼市朝日町地区にはアクリル製の窓付きの防潮堤が立ち並ぶ。地中に深く打ち込んだ鋼管にコンクリートのブロックを差し込んだ直立式の防潮堤だ。

窓付きの防潮堤。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
窓付きの防潮堤。2021年2月11日撮影(写真:村上 昭浩)
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