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2011年3月11日、東日本大震災発生。福島第1原子力発電所の1号機~4号機は大津波に襲われ、全電源を喪失して未曽有の原子力事故を起こした。事故から10年目を迎える現在、同発電所では国が定めた「中長期ロードマップ」に基づき廃炉措置が進められている。

(写真:東京電力ホールディングス)
(写真:東京電力ホールディングス)
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極限状態で活躍する「廃炉メカ」

 2011年3月、大地震の後に発生した津波が東京電力ホールディングス(HD)の福島第1原子力発電所(福島県大熊町・双葉町)を襲った。原子炉は冷却機能を失い、1・3・4号機で水素爆発*1が発生。さらに1・2・3号機が炉心溶融*2に至るという、未曽有の原子力災害となった(図1)。

図1 福島第1原子力発電所事故
図1 福島第1原子力発電所事故
1・2・3号機で炉心溶融、1・3・4号機で水素爆発に至った。写真は事故当時の3号機の原子炉建屋。マグニチュード9.0の地震が発生してから3日後の2011年3月14日、水素爆発により損壊した。撮影日は同15日。(出所:東京電力ホールディングス)
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*1 事故の際、燃料棒被覆管のジルコニウム合金と水蒸気が反応して水素が発生。建屋内の酸素と混ざったため何らかの原因で点火して爆発した。
*2 炉心溶融とは、原子炉内の燃料集合体が想定以上に過熱して溶け出すこと。

 21年3月はその事故から10年の節目となる。事故から約9か月後の11年12月に政府が公表した廃炉の工程表「中長期ロードマップ」では、30~40年後に廃炉措置を完了するとの目標を掲げていた。同ロードマップは現在までに数回の改訂を経たものの、この目標時期は据え置かれ、粛々と廃炉作業が進められている。

 これまで多くの企業が、この長期にわたる廃炉措置の完了に向けて、努力を重ねてきた。その現場は、宇宙探査にも匹敵する難所だ。高い放射線量やがれきといった障害が、人と設備の進入を阻んでいる。極限環境の中で、使用済み燃料プールからの燃料取り出しや燃料デブリの回収といった難しい作業をこなさなくてはならない。困難な道だが、廃炉措置はこの10年で着実に歩みを進めている。そこで活躍しているのが、ロボットなどの「廃炉メカ」だ。

進む使用済み燃料の取り出し

 福島第1原発で進む廃炉措置の状況について、大まかに振り返っておく(図2)。現在、1~4号機は共に「冷温停止状態」を維持している*3。この状態に達したのは、事故から約9カ月後の11年12月のことだ。ここから廃炉に向けた取り組みが本格化した。

図2 1~4号機の状況
図2 1~4号機の状況
福島第1原発の原子炉建屋を西側(陸側)から東側(海側)に向かって見たイメージ図。炉心溶融に至った1・2・3号機では燃料デブリの取り出しに向けて準備が進む。3、4号機では燃料集合体の取り出しが完了している。1・2号機はこれからだ。(東京電力ホールディングスの資料を基に日経クロステックが作成)
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*3 冷温停止状態とは、原子炉内の温度が100度以下を保ち、かつ放射性物質の放出が基準以内に抑制されるよう、冷却システムの安全を確保した状態を指す。2021年1月3日時点で、1~3号機の圧力容器底部の温度は20度前後、注水量はそれぞれ約3m3/hで推移している。

 最も早く「使用済み燃料プールからの燃料取り出し」が終わったのが4号機である。14年12月までに合計1535体の燃料集合体を取り出した。さらに21年2月28日には3号機の使用済み燃料プールにあった燃料集合体566体についても取り出しが完了した。4号機は事故当時、同機は定期検査中であったため、原子炉内に燃料は無く、炉心溶融には至らなかった。原子炉建屋は水素爆発で損傷したものの、同機の廃炉措置は他号機と比べればスムーズだ。

 一方、1・2号機からの取り出しはこれからだ。水素爆発に至った1号機は、原子炉建屋の上部にがれきが存在する。そのままだと使用済み燃料の取り出し設備が入らないため、まずはがれきの撤去作業を進めている。2号機は幸いにも水素爆発に至らず、原子炉建屋は事故前のままで、建屋上部にがれきは無い。そこで、建屋南側の壁に開口を設けて燃料集合体を取り出す方針で、現在はその準備を進めている。