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 10年目を迎えた福島第1原子力発電所(1F、イチエフ)の廃炉プロジェクトの総責任者、福島第一廃炉推進カンパニープレジデントの小野明氏に、ノンフィクション作家の山根一眞氏が聞くインタビュー。長期間に及ぶ廃炉プロジェクトでは新技術の開発とともに、得た技術や知見を継承するための仕組みやシステムが今後重要になっていく。福島第1を舞台に開発され新技術が、他の分野や地元企業で活用されるのが望ましいと語る。

小野 明(おの・あきら)
小野 明(おの・あきら)
1983年3月東京大学工学部卒業、同年4月東京電力入社。2011年12月福島第一原子力発電所(1F)ユニット所長(5・6号)、2013年6月執行役員原子力・立地本部福島第一安定化センター1F所長兼福島本部、2014年4月執行役員福島第一廃炉推進カンパニーバイスプレジデント兼1F所長兼福島本部、2016年7月原子力損害賠償・廃炉等支援機構執行役員戦略グループ長、2018年2月同機構上席執行役員プログラム監督・支援室長、2018年4月東京電力ホールディングス常務執行役福島第一廃炉推進カンパニープレジデント。(オンラインでのインタビューの様子 出所:東京電力ホールディングス)
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経験したことのない困難な仕事ではトラブルはつきもの。むしろトラブルの経験を糧にして、いかにその後につなげるかが大事です。「3.11」から10年になりますが、この10年間の経験のデータベース化や経験を生かすためのシステム作りはしていますか?

小野:経験を記録し活用するためのアーカイブ作り、情報をさらに集積する努力を進めてはいるんですが、まだ十分ではないと思っています。

 私は2013年6月から3年間1Fの所長を務めていました。事故後のおよそ5年間は、毎日毎日が難題やトラブルの連続で、その余裕がなかったんです。「水が漏れた、至急対策だ!」という日々で、アーカイブ作りにまで手が回っていなかったというのが本音です。

かつて新日本製鉄(現・日本製鉄)では、巨大プラントのメンテナンスを担当する熟練エンジニアが、どこをどういう順番で見てトラブルを事前に察知しているのか、そのノウハウのデータベース化を進めていました。熟練エンジニアの頭に小さなビデオカメラを取り付け、画像で記録するシステムです。これなら熟練者が退職した後でも経験が継承できるという試みです。

小野:いずれは、そういうことも考えなくてはいけないかもしれませんね。

 今、燃料デブリの取り出しでは、取り出し作業のための特殊な設備の設計に携わったエンジニアが、現場の運転や操作も担当できないかという議論をしています。設計者はマシンの特性や限界を十分理解しているので、トラブル発生時の対応も迅速にできるはずです。そういう人材を増やしていけば、より貴重で役立つ経験値も蓄積されるはずだと期待しているんです。

自分の命は人に預けられない

設計者兼操作者って、いい発想ですね。そのことを聞いて思い出したのが有人深海潜水船「しんかい6500」(JAMSTEC・海洋研究開発機構)です。私は「しんかい2000」と「しんかい6500」に搭乗しての深海潜航取材の経験がありますが、驚いたのが定期点検のノウハウです。搭乗予定の「しんかい6500」を事前に見るためJAMSTECの横須賀の拠点を訪ねたところ、「しんかい6500」はばらばらに分解されてまるで鶏のガラ状態でした。定期メンテナンス中でしたが、その作業を行っていたのがこの潜水船のパイロット、副パイロットたちだったんです。深海でトラブルが発生しても、船体を隅々まで知り尽くしているパイロットであれば何が起こったかが即理解できて対処できるからだ、と言うんです。

小野:深海に潜航中、トラブルに遭えば命に危険が及びますね。