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 水素をエネルギーとして多用途で使う「水素社会」を目指す動きが「再燃」している。2020年10月の菅義偉首相の所信表明演説が“着火剤”になった。菅首相は、温暖化ガスの排出を実質ゼロにする「脱炭素社会」を50年までに実現すると宣言。実現手段の1つとして、水素関連技術が注目を集めている。

 水素インフラの世界市場は同年に160兆円規模*1に拡大するという予測がある。ただし、大量供給と大量消費には、「利用」「供給」「製造」の3段構えの技術進歩が欠かせない。原子番号1の元素である水素は、次世代エネルギーとして文字通り「ナンバーワン」の存在になれるだろうか。

*1 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「NEDO水素エネルギー白書」より引用、集計は日経BPクリーンテック研究所。

 水素の元素記号はHで、2つの原子が結びついた水素分子(H2)の形を成す。特徴はこうだ。空気に対する比重が0.0695と最も軽い気体である。拡散速度が速い。無色・無臭で、燃焼時には酸素と反応して水になる。-252.6℃で液化する。発火点は570℃と高く自然発火しにくい。宇宙で最も豊富にある元素で、その質量は宇宙全体の約7割を占めると考えられている。

 水素の活用手段は多岐にわたる。工業用途としては、石油精製における硫黄分の除去や、樹脂生成プロセスにおける還元剤などに幅広く利用できる。燃料用途としては、水素エンジン車やコージェネレーション発電機、ロケット燃料などに使える。水素イオン(H)を利用したニッケル水素電池もある。

 水素社会の「本命」との見方が強いのが、水素と空気中の酸素の化学反応で電気を取り出す燃料電池(Fuel Cell、以下FC)である。経済産業省によれば「日本のFC分野の特許出願件数は世界1位」であり「水素を最も効率的に電気に変換する仕組み」を日本は持つ。

 中でも、FCを搭載した燃料電池車(FCV)が市場をけん引している。走行中のみならず、ライフサイクルで二酸化炭素(CO2)排出量を評価する「LCA(Life Cycle Assessment)」で見てもガソリンエンジン車やディーゼルエンジン車よりも環境性に優れる。

トヨタが攻勢、FCモジュールを外販へ

 「誰もが使いやすいFC技術へ進化を遂げるため、(他社への)展開性を強化して仲間づくりを進めていく」――。こう語気を強めたのは、トヨタ自動車(以下、トヨタ)商用ZEV製品開発部部長の吉田耕平氏だ。

 21年3月3日に都内で開催した「第17回 水素・燃料電池展」併設セミナーでの一幕である。同セミナーは、新型コロナ禍にもかかわらず立ち見が出るほどの盛況ぶり。水素社会に対する技術者の関心の高さがうかがえる。

 トヨタが基盤とするのは、20年12月に発売した乗用FCVの2代目「MIRAI(ミライ)」に搭載する「第2世代」のFCシステムだ(図1)。酸素との化学反応で発電するFCスタックの性能を先代品よりも向上。構成するセルの出力密度を3.5kW/Lから5.4kW/Lに高め、セル数を370個から330個に減らした。体積を約3割抑え、約4割の軽量化に成功している。

図1 トヨタ自動車の乗用燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」
図1 トヨタ自動車の乗用燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」
(a)外観、(b)燃料電池(FC)システムとプラットフォーム(PF、車台)。水素と空気中の酸素を化学反応させるFCスタックで発電し、駆動用モーターを動かす仕組み。航続距離はWLTCモードで約850km(Gグレードの場合、Zグレードは約750km)とし、先代車より3割向上した。(出所:トヨタ自動車)
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 FCシステムの小型・軽量化により、吉田氏が語る「展開性」が飛躍的に向上した。小さい車両や、積載空間の確保が必要な商用車にも載せやすい。搭載レイアウトの自由度を高めることで、自社だけではなく、他社への供給を進めやすいFCシステムを実現できた。

 トヨタは、空気供給や水素供給、冷却、電力制御などの関連部品をFCスタックと組み合わせて1つの箱に収め、FCモジュールとして21年春以降に外販を始める(図2、3)。豊田自動織機と合わせて、出力別に5種類を展開する計画。トヨタは定格出力60kWと80kWのFCモジュールのそれぞれで縦型と横型を用意する。一方、豊田自動織機は8kWの小型FCモジュールを手掛けている他、24kWと50kWのFCモジュールを開発中だ。80kWを超える需要には各FCモジュールの組み合わせで応える。

図2 トヨタ自動車と豊田自動織機は5種類のFCモジュールを開発・外販していく
図2 トヨタ自動車と豊田自動織機は5種類のFCモジュールを開発・外販していく
FCモジュールは出力別に計5種類。21年春以降に外販を開始する。トヨタが開発した定格出力60kWと80kWのモジュールは縦型と横型を用意する。豊田自動織機が開発した小型FCモジュールは定格出力8kWで、同社は24kWと50kWのFCモジュールも開発中である。外販以外に自社グループでの活用も継続する。(出所:トヨタ自動車、豊田自動織機の発表資料を基に日経クロステックが作成)
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図3 トヨタのFCモジュール(定格出力60kW、80kWの横型)
図3 トヨタのFCモジュール(定格出力60kW、80kWの横型)
(a)外観、(b)接続部。(出所:日経クロステック)
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