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テスラの成功がアップル魅了したか

 AppleがEV開発を模索する背景には、Teslaの躍進が大きいと多くの識者が指摘する。とりわけAppleを魅了したと思わせるのが、無線通信によるソフト更新で発売後に機能を高めるOTA(Over The Air)を採用し、一定の成功を収めていることだ。iPhoneの「生態系」を車に持ち込むことが現実味を帯びてきた。

 Appleは、iPhoneというハードの販売とともに、アプリ配信基盤「App Store」で利用者が開発者に支払う料金の一部を手数料として得る両輪で収益を高めてきた。OTAでApp Storeからアップルカーのアプリを更新することで、iPhoneの「勝利の方程式」をEVで実現するわけだ。アップルカーの登場で「OTAができないEVは競争力を失う」(インテルでデジタルインフラストラクチャーダイレクターの野辺継男氏)との見方が飛び出す。

 AppleがEV開発を模索する裏には、スマートフォンが成熟産業に差し掛かっていることもありそうだ(図2)。Appleが成長を続けるには新市場が欠かせないが、同社の売上高は既に約30兆円に上る。今さら小さな市場に参入しても成長を望めない。

図2 スマホの成長に陰り
図2 スマホの成長に陰り
スマホの世界市場が頭打ちな一方、EVの世界市場は拡大するとみられている。IDCとLMCオートモーティブのデータを基に日本経済新聞社が作成した。
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 「Google vs トヨタ」の著作があるナビゲータープラットフォーム取締役の泉田良輔氏は「巨人に見合う市場規模の産業は自動車や医療、エネルギーなど少なく、(EV参入は)自然な流れ」と読み解く。Appleは手元資金が潤沢で、投資家による株主還元の圧力が強い。EV開発は「手元資金の使い道の一環」(同氏)でもある。

 しかもAppleがEVへの参入をもくろむとされる25年前後は、自動車産業の転換点となり得る絶好機である。現状は大半の企業が赤字とささやかれるEVの利幅がエンジン車並みになり、一気に普及が進む可能性がある。裏を返すと、25年前後までにEV市場に参入しなければ、先行企業に取り残されかねない。

 ゴールドマン・サックス証券マネージング・ディレクターの湯澤康太氏は、25年にEVのコストの多くを占めるリチウムイオン電池の価格が100ドル/kWhを下回り、2000ドルの補助金を前提にすると、EVでエンジン車並みの利益水準になると予測する。「日系メーカーは補助金前提の事業構想を嫌いがちだが、世界でゼロカーボンを目指す動きの中でEVの補助金を減らす政策はとりにくい」(湯澤氏)と分析し、EVの販売が一気に増えるとみる。

EV開発に苦しむ自動車メーカーを見透かす

 アップルカーの登場は、App Storeを利用した新しいビジネスモデルとともに、車の生産と販売のあり方をがらりと変える破壊力を秘める。とりわけ注目を集めるのは、EV化の中でたびたび構想されてきた生産の水平分業化を加速させかねないことだ。自動車産業における最大の参入障壁が消え、多くの企業の参入を促す起爆剤になり得る。

 AppleはiPhoneなどを自前で設計するものの、生産を台湾・鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)など外部に委託することで利益を高めてきた。多くの識者がEV生産に同じ発想を持ち込む可能性を指摘する(図3)。Appleと比べられがちなTeslaは自社生産に力を注ぐため、2社で最も大きく異なる点になるだろう。

図3 車で水平分業が始まるか
図3 車で水平分業が始まるか
生産を自前でやるのか他社に委託するのか、TeslaとAppleの最大の違いとみる識者は多い(作成:日本経済新聞社)
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 自動車業界で車両の生産は競争力の源泉である。1分1台のペースでミスなく安価に車を組み立てる工程は、一朝一夕に実現しない。1000億円超の投資に加えて維持費も大きい。エンジン車の時代においては他社の生産を受ける自動車メーカーはそうそういなかった。

 ところがEVになることで生産委託が進むとみられるのは、短期的にはEVの市場規模が小さいにもかかわらず、厳しい環境規制により一定数のEV販売を余儀なくされるからだ。自動車メーカーによっては投資回収を早める手段として生産受託に一考の余地があると考える。Appleが世界の自動車メーカーに生産委託の打診をしたとの話しが駆け巡るのも、当面は少ないEV生産量に苦しむ自動車メーカーの実情を見透かすからだろう。

 ナカニシ自動車産業リサーチ代表アナリストの中西孝樹氏は、Appleが参入するには「自動車メーカーやオーストリアMagna Steyr(マグナシュタイヤ―)といった自動車の開発と生産の両面で知見がある企業との連携が要る」とみる。デジタルキー開発で協業するドイツBMWを買収するのも手っ取り早い、との大胆な見方を披露する。

 中長期的には、鴻海といった電機産業を支える受託生産企業が台頭する可能性がある。同社は20年にEVプラットフォームを開発すると発表した。21年3月には北米でEV工場を建設する計画を明らかにしている。鴻海に自動車開発の経験はなく実力は未知数だが、AppleにとってみればiPhone生産で関係の深い鴻海だけに組みやすい相手である。

 販売面では、Teslaのようにネット経由の直販を加速させるとの指摘が多い(図4)。系列の自動車販売店が主流の既存の秩序を崩しかねない。

図4 直販が主流か
図4 直販が主流か
アップルカーにiPhoneの販売形態を持ち込めば、直販と量販店が主流になる(作成:日本経済新聞社)
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 Appleはかねて、iPhoneの直販比率を向上させることで利益を高めてきた。加えてAppleは直販とともに家電量販店や携帯電話販売店を活用する。EVについても、直販と量販店をともに活用して販売を増やすのではないかとの見方がある。

 一方で量販店を使わずに、直販に絞ると予想するのは元アップル日本法人代表取締役である前刀禎明氏だ。「最高の体験」を実現する直営のアップルストアにEVを置いて、販売は直営店とオンラインに限定するのがAppleらしいと考える。「iPhoneに比べれば販売台数はかなり少ない。直営店で対応できる範囲ではないか」(前刀氏)と分析する。