ソニーが、電気自動車(EV)「VISION-S」の公道実験に早くもこぎ着けた。スマートフォンの開発手法やソフト資産を存分に生かす。車両の中身に迫ると、自動運転センサー開発の一環にとどまらず、車両全体の統合制御に奮闘する姿が浮き彫りになる。スマホの王者である米Apple(アップル)がEV開発を模索する中、ソニーが部品メーカーの立場を超えて自動車メーカーの領域に踏み込む狙いを読み解く。
2020年12月、ソニーはオーストリアで公道実験を始めた(図1)。驚くのは、企画開始からわずか2年でたどり着いたことだ。開発を率いるソニー執行役員AIロボティクスビジネス担当の川西泉氏は「車両の構想を固めるのにかなり時間をかけた」というから、実際の開発期間はもっと短い。
自動車開発の素人集団であるソニーが、なぜこれほど早く開発を進められるのか。エンジンのないEVであることに加えて、車の付加価値がハードからソフトに移ってきたことがある。ソニーがスマホ開発などで培った短期間で検証や改善を繰り返す「アジャイル開発」の経験を生かせた(図2)。自動車開発で一般的な最初に仕様を固めて取りかかる「ウオーターフォール開発」に比べて、開発期間を短くしやすい。
車両のインストルメントパネル周辺のHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)や、第5世代移動通信(5G)といったITと親和性の高い技術領域を中心にアジャイル開発を取り入れた。スマホなどの開発資産も多く流用する。
加えて「走る・止まる・曲がる」といった車の基本機能に関わり、ソニーの知見が薄い自動運転において、川西氏は「アジャイル開発が比較的通用した」と手応えを語る。自動車開発に想定よりも「スマホ流」が通用した格好だ。
一方で駆動モーターやステアリングなど車の伝統的な制御開発には、アジャイル開発を適用しにくいことも分かった。安全に関わる部分であり試行錯誤しにくく、ウオーターフォール開発で臨む。ソニーは2つの開発手法の「いいとこ取り」(川西氏)に力を注いだ。
メガサプライヤーの実力が、自動車メーカーに匹敵するほど向上していることも開発期間の短縮に貢献する。協業する独Bosch(ボッシュ)や同Continental(コンチネンタル)、同ZFなどは、車両のほとんど全体を手掛けられる実力を備える。車体開発でソニーが頼ったオーストリアMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)は老舗で、長い実績がある(図3)。
もちろんEVであることも大きい。エンジン車であればメガサプライヤーの力をどれだけ借りても、短期間の開発は難しかったはずだ。エンジンは自動車メーカーの独壇場。EVだからこそ、エンジンに代わるモーターや電池をソニーのような新参者が簡単に調達できる。