かねて自動車参入が取り沙汰されてきた米Apple(アップル)。2021年1月にAppleと韓国・現代自動車の協業検討のニュースが世界を駆け巡り、自動車業界が騒然となった。折しも自動車産業は100年に1度と言われる変革期のさなか。「もしも、アップルカーが登場したら……」。専門家にアップルカーのインパクトについて、大胆に仮説を立ててもらった。初回は日産自動車で最高執行責任者(COO)を務めたINCJ会長の志賀俊之氏に聞いた。(聞き手は星 正道=日本経済新聞社企業報道部)
アップルカーのニュースを見て、率直にどんな感想をもたれましたか。
数年前から自動運転技術開発の「タイタンプロジェクト」は知られていた。自動車メーカーに自動運転ソフトを売るのでは、といわれていた。21年になって世界の自動車大手と生産を巡って協議しているという報道がされ、「やっぱり造るんだ」と思った。
自動車の生産は、車体受託メーカーのオーストリアMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)など一部を除き、自動車メーカー自ら開発して生産してきた。デジタル家電では電子機器の受託製造サービス(EMS)の手法が採られ、設計と生産の分業が進んでいる。自動車もついに、デザインをして開発するプレーヤーと、エンジニアリングするプレーヤーに分かれる。ODM(相手先ブランドによる設計・製造)といわれる新しい産業への転換が起こり始めている。
自動車の生産には高い参入障壁がありました。
なぜ、自動車の内製が長く続いてきたかというと、メカニカルハードウエアの擦り合わせをコアバリューにしていたためだ。デジタル家電のEMSのように外部委託できなかった。エンジニアリング、つまり作り方を内製していたが、今はハードからソフトウエアに主従関係が逆転している。エンジン制御などでソフトが主になって、ハードが従になってきた。米Tesla(テスラ)がいい例だろう。TeslaはOTA(Over The Air)という遠隔操作でソフトを更新し、性能を向上する機能を提供している。
独Volkswagen(フォルクスワーゲン)やトヨタ自動車もOTAに力を入れ始めました。
自動車産業の動きはTeslaに比べ、10年くらい遅れている。ソフトで遅れているという認識がないまま、ハードに固執している。それが伝統的な自動車産業で、ここが問題だ。伝統的なハードのものづくりメーカーは企業価値が向上していない。ソフトを中心とした企業は、スケールアップに潜在的な成長性を見いだされ、投資家が集まっている。
OTAが普及すると、自動車を買った時点から、性能が上がっていく。従来の自動車の売り方が変わってくる。中古車の査定も変わっていくだろう。色々な業界の慣行が変化を迫られる。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の先にあるモビリティーライフの変わり方、車のありようの変わり方を顧客目線で見据える必要がある。自動車の経営者はそういう発想を持たなければならない。
Teslaは機動的に増資し、資本市場を有効活用しています。
Teslaはベルリンに電気自動車(EV)向けの電池工場の建設を計画しているが、株高を生かして、少し増資するだけで資金が集まり、電池工場を造れてしまう。資本が伝統的メーカーではなく、ITの方に集まるため、投資もしやすい。CASEが自動車のありようだけでなく、産業の構造を変えようとしている。