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 全国の自治体で、2021年4月12日から高齢者への新型コロナウイルスワクチン接種が始まる。安全な接種をスムーズに行うため政府が開発し、自治体に提供して利用するのが、マイナンバーを活用して接種者の状況を把握する「ワクチン接種記録システム(VRS)」だ。当初はマイナンバーを利用するシステムに懸念を持っていた自治体も政府と協力してVRSを活用する準備を進めている。

安全管理などの懸念で利用を留保

 「(政府に)協力しようという気持ちに、ぱっと舵(かじ)を切った」――。富山県経営管理部の半田嘉正情報企画監はそう話す。2021年3月23日、富山県は県下の全市町村に対して、VRSの利用申し込みについて「同意してください」と依頼した。

 実は半田情報企画監は当初VRSの仕組みがマイナンバー法に違反するのではないかと利用を躊躇(ちゅうちょ)していたという。全国の自治体が論理的に区分された各市区町村の領域でマイナンバーを含む個人情報(特定個人情報)を管理するとはいえ、同じクラウド基盤に集めて自治体間で照会・回答する仕組みだからだ。

 しかし2021年4月7日時点で富山県の全15市町村のうち過半数が同意して住民情報の初期登録をしているという。

 VRSは小林史明内閣府大臣補佐官が主導し、内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室(以下、IT室)のメンバーらが検討を進めてきた。医療スタートアップのミラボ(東京・千代田)が開発と保守を請け負い、Amazon Web Services(AWS)上に構築した。

VRSについて説明する小林大臣補佐官
VRSについて説明する小林大臣補佐官
撮影:日経クロステック
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 住民一人ひとりを正確に特定するためにマイナンバー法の例外規定を初めて適用し、特定個人情報を他の自治体へ「提供」する。住民の転出先である自治体は住民の接種券などで接種履歴を確認できない場合でも、住民の同意を得ればマイナンバーで照会できる。

 VRSを有効活用するには、「全自治体の利用が前提」(IT室)となるが、法的な義務はない。マイナンバーなど住民情報の扱いでこれまで厳格な安全管理措置が義務付けられてきた自治体にとって、特定個人情報をクラウドで集中的に管理する仕組みに対しては安全管理上の懸念がなかなか払しょくできなかった。

 実は2021年3月時点で、VRSの利用を決めかねていた自治体は複数あった。ある自治体職員は、「特定個人情報保護評価(PIA)を行ったり個人情報保護審査会などに審査してもらったりといった膨大な手間がかかる。自治体にとってはVRSはメリットよりも、そうした手間やリスクのほうが大きい」と明かす。

 富山県もその1つだった。「(VRSを提供する)IT室やミラボ、(VRSを利用する)市町村の安全管理措置が問題ないか判断できなかった。システム自体が安定稼働するかどうかも疑問だった」(半田情報企画監)