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第2の失敗

 私の事務所の主たる業務は、設計コンサルテーションです。その主な内容は競合機分析と設計改革。前者はライバルのコンサルタントがいないため、依頼があればほぼ100%受注できます。従って、「競合機の潰し屋」として少しは名が通っています。

 後者の設計改革は、設計力の養成を基本に設計効率の向上を目指すものです。詳細な説明は他に譲り、キーワードで表現すれば、DQD(簡易設計書)、シンプルFMEA/ FTA、MDR(ミニデザインレビュー)、図面レス、検図レス、そして、DDR構想(ダイレクトデザインレビュー)となります。

 ところが、契約すると、雇い主である社長や役員から設計に直接関係のない業務を依頼されることが少なくありません。最も驚いた業務は、リストラ社員の選出(指名)でした。

 クライアントの依頼を断ることはできず、私は社員1人ひとりの面談を開始しました。面接を始めると、事情を察したある社員がいきなり私に身の上話を始めました。妻との不仲な関係や、障害のある子供や高齢の両親を抱えていることなど。彼の話を途中で遮るわけにもいかず、ついつい全てを聞いてしまいました。結果、私はその社員を「残留」とし、さらに社長に報告すべき残留の理由を偽って報告してしまったのです。

 この時、リストラだから社員の首を切るのだと短絡的な解釈で仕事を請け負ってしまったことを今でも悔やんでいます。プロのコンサルタントなら、「なぜ、リストラという手段を選択したのか」「その効果やリスクは何か」を把握すべきです。そうしなかったことを今でも猛省しています。

日本の造船関連企業からのコンサル受注

 「失われた20年」とは、主にバブル経済崩壊後の1990年代初頭から2010年代初頭までの経済低迷期間を指すといわれています。追い打ちをかけたのが、2008年の「リーマン・ショック」に端を発した世界金融危機です。多くの読者にとって記憶に新しいところではないでしょうか。

 まさに暗黒の経済状況の中、私の事務所は、ある日本の造船関連企業と契約しました。この企業がコンサルテーションを求めた背景には、「造船大国日本」の崩壊がありました。かつて昭和時代の小学校の教科書には「造船大国日本」の文字が印刷されていましたが、その表現はとっくに消えています。今や造船大国は韓国であり中国です。

 国内の造船企業が衰退したのは失われた20年よりも前であると私の事務所では分析しています。

図1●フロントローディング開発とバックローディング開発
図1●フロントローディング開発とバックローディング開発
(作成:國井技術士設計事務所)
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 その主な原因は、図1に示した開発体制の違いにあるというのが、私の事務所の見立てです。韓国と中国の造船企業の開発体制が「フロントローディング開発」であるのに対し、日本の造船企業は従来通りの「バックローディング開発」だったと我々はみています。バックローディングというのは、フロントローディング開発に対する言葉として私の事務所が考え出したものです。バックローディング開発の大きな弱点は、量産になっても依然として工数が減らないことにあります。これではフロントローディングとは違い、次期開発のスタートをなかなか切ることができません。

 私はコンサルテーションによる低コスト化の改革・改善を実施しようとしたのですが、もう手遅れでした。医者でもそうです。今はがんでも治り得る時代ですが、手遅れの場合はどんな名医であっても手の施しようがありません。まさにこの状態でした。私の事務所が得意とする超低コスト化手法である「コストバランス法」も役に立ちません。この状況にいらいらした社長が役員会議を開催しました。何の会議かというと、それが社員の誰もが不安になる「リストラ」の会議だったのです。