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第6の失敗

 私の事務所のメイン業務は、設計コンサルテーションと技術セミナーの講師です。その中で注文の多いメニューは、トラブル未然防止の「シンプルFMEA(故障モード影響解析)」や「MDR(ミニデザインレビュー)」。コンサルテーションに絞って言えば、設計書による本格的な「設計改革」と、私が最も得意とする「競合機分析」からの「競合機潰し」となります。

 新型コロナウイルス禍の影響を受けて、どの産業でも様相が変化しました。コンサルテーションもセミナーも、基本は「対面」です。それがオンラインとなると、全てがうまくいくとは限りません。私は米国系、つまり外資系企業で働いたことがあったので、オンライン会議は昔から当然のようにこなしていました。また、独立後に私の大きなクライアントとなった韓国企業も、恐ろしいコロナウイルスであった重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)の経験からオンライン業務を得意としていたため、必然として私もオンラインでの業務が身に付きました。

 ところが、韓国企業のクライアントとの仕事には何も問題はありませんが、日本企業のクライアントはオンライン業務につまずき、設計のチームワークに亀裂が入ってしまいました。その主な原因は「『墓石社員』が生息し、日本独特のガラパゴス現象を急激に発生させているからだ」と私は見ています。

 「墓石」とは、パソコンのビデオカメラのオフ状態を言います。パソコンのオンライン画面に、黒い背景に名前だけが白文字で書かれた人のことを指しています。オンラインアプリ企業は次から次へと新機能を盛り込んでいますが、ユーザー側で肝心の「顔」が見えないのではどうしようもありません。私の事務所は「やる気なし」と判断し、いくつかのクライアントとの契約を解消しました。その多くは、墓石族が多かった日本企業です。

墓石族の存在

 今回のタイトルは、本コラムの第4回「設計書がない 日本企業最大の『ガラパゴス』現象」をなぞって付けました。日本企業にまたガラパゴス現象が起きていることを伝えるためです。それが「墓石族」の存在です。

 はてさて、その人はそこに居るのかいないのか……。話し掛けて応答があればまだよいのですが、応答がないケースもある。どこか遊びに出掛けてしまったのでしょうか。マイクだけでもオンにしてほしいのですが、それすら拒否する人もいます。

 セミナーを聴講するときだけではなく、会社の会議でも顔を出さないこうした状況で、チームワークを重視する商品設計ができるのでしょうか。墓石族は、チームのコミュニケーションを破壊します。これも、日本社会だけのガラパゴス現象だと私は思います。

 余談ですが、新型コロナ禍以前、欧米人はあまりマスクをしないと言われていました。欧米では、鼻と口を覆うとその人の感情や人相が読み取りにくいと言われているからでしょう。一方、日本では、目をサングラスで覆うとその人の感情や人相が読み取りにくいと言われています。感情を隠す部分の違いが映画に出ています。米国の映画で出てくる西部劇のギャングは布で口を覆い、日本の辻斬り(つじぎり)は深々と笠を被り、目を隠しています。

 話がそれましたが、つまり、口元や目元だけどころか、全く見えない「墓石族」は私にとっては恐怖以外の何物でもないのです。

図1●有名企業A社における墓石族相手のオンラインセミナー
図1●有名企業A社における墓石族相手のオンラインセミナー
(作成:國井技術士設計事務所)
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 図1は、某有名企業A社主催で行われたオンラインセミナーです。講師の私は一体、誰に向かって熱弁を振るえばよいのでしょうか。長い時間、この状態でセミナーを続けていると、段々不安になってきます。そこで、手元の名簿を見て質問します。

  • 私:〇〇さん、こんにちは。
  • 墓石受講者:……(無言)。
  • 私:〇〇さん、聞こえますか。
  • 墓石受講者:……(無言)。

 質問しなければよかったと後悔……。ますます不安な気持ちになってしまいました。もしかしてドッキリ? もしかして、誰もいない?

誰も注意しない

 A社だけかと思いきや、別のB社も同じでした。しかし、私はあることに気が付きました。中堅のC社では墓石族が少なかったのです。聞けば、常に受講者へ「ビデオカメラのオン」をお願いしているとのことです。A社とB社とは違い、C社は常に私の事務所と相談し、月に1回のコンサルテーションを実施しています。

 私は、友人のある大学教授にオンライン授業についてヒアリングしました。すると、「オンライン授業でカメラオンの学生はわずか1%。しかも、カメラオフに関する注意は1回だけと学校の教員規定がある」とのこと。教育という指導の「場」において、本末転倒な規則を作ってしまったと嘆いていました。要するに、現代社会にまん延している無関心や無視、無気力ではなく、講師としても墓石族に注意するのは言い過ぎとしても、ビデオをオンの依頼はすべき、と反省しています。