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第16の失敗

 私の事務所にとって設計コンサルティングの重要顧客は、国内の総合電機企業4社のほか、韓国大企業の数社であり、かれこれ10年以上の契約です。

 数年前、自動車関連企業の日本人設計者から私の事務所の無料相談コーナーに相談が寄せられました。「薄給のため、韓国の大企業に転職したい」というのです。偶然にもその企業が日本人設計者を募集していたので、設計コンサルタントの立場から無償で斡旋(あっせん)しました。面談したいという企業側の意向を伝え、日本人設計者には韓国へ渡航してもらいました。

 しかし、結果は散々なものでした。即却下を食らってしまったのです。面談の内容を詳しく聞いて私の事務所で分析したところ、その理由は次のように推測されました。

  • (1)公差計算ができない。従って、意味もなく何でも高精度を要求する。当然、コストアップとなる。
  • (2)設計書が作成できない。従って、設計審査(DR)ができない。設計審査すら臨めないという意味。
  • (3)コストに関する設計見積もりができない。コストの設計審査ができない。コストに関係する検図もできない。

 その韓国の大企業によれば、日本人の生産技術者と研究者は今でもスカウトの対象ですが、「日本人設計者の採用はお断り」とのことでした。私の評価や信用も一時的とはいえ、急落してしまいました。有名大学卒で日本の大企業に勤務している設計者を無償で斡旋してやるぞという意識が前に出てしまったのかもしれません。まずは私が、転職希望者と韓国の大企業が求める日本人設計者像とを確認すべきだったと反省しています。

 ここで示した理由の(1)と(2)に関しては、詳しい解説は拙著『ライバルを打ち負かす設計指南書 攻めの設計戦略』(日経BP)に譲ります。今回は理由(3)の日本人設計者のコスト意識に絞って解説したいと思います。

「1円玉を造るのに3円かかる」に無関心な日本人設計者

 「1円玉を造るのに3円かかるって知ってる?」という、ある不動産企業のテレビコマーシャルがあります。これを私の事務所のクライアント先やセミナーで話題にしても、日本人設計者のほとんどが興味を示しません。ところが、韓国や中国、台湾の設計者は興味津々です。そのからくりを知りたいと。この違いに日本人設計者のコスト意識の低さを認識させられます。

課題1:1円玉の設計見積もりを算出する

 設計見積もりとは、部品もない、図面もない状況下において、その部品コスト(原価)がおおよそいくらになるかを概算する設計プロセスです。この「部品」を「すし」や「牛丼」「ラーメン」などに置き換えてみてください。コスト(原価)を求めることができなければ、飲食店における各種メニューの定価を決められません。

 以下の式は、設計見積もりの実務式です。引き算もなく、掛け算も割り算も微分積分もありません。

設計見積もり=材料費+加工費+1個当たりの型費【実務式1】

  • ①材料費:工業材料、特に機械材料費は世界でほぼ共通です。
  • ②加工費:ほぼ人件費のことです。
  • ③型費 :これもほぼ人件費のことです。

 以下、この実務式に沿って、1円玉の原価を概算していきましょう。

1円玉の原価を概算

1円玉の材料費を求める

 世の中には機械材料の専門書やセミナーが数多く存在していますが、そのほとんどが機械的な材料特性(Q:品質)しか教えません。たまにコストに触れても「高い、安い」の概念だけの知識で終了です。これでは、設計職人は「飯が食えない」はずです。飲食店に置き換えれば容易に理解できます。

 それでは、設計見積もりの実務式1における1項目目である「材料費」を求めてみましょう。

【1円玉のサイズ】

  • ①外径:20mm(私の事務所で測定)
  • ②厚さ:1.2mm(私の事務所で測定)
  • ③材料の体積コスト係数:純アルミニウムで3.56(比重から求める)

 1円玉の材料費=(20/2)×(20/2)×π×1.2×3.56×10-3=1.34円

 材料費の時点で、もう既に1円を超えていることに驚きます。

1円玉の設計見積もり

【加工法の推定分析】計算工程を省略

  • ①プレス金型は順送金型を選択
  • ②20×20=400個の多数個取りのプレス金型
  • ③プレス金型の製品サイズ対応:450mm×450mm
  • ④生産ロット数:2000

【結果】計算工程を省略

  • ①材料費:1.34円(前述)
  • ②加工費:0.01円
  • ③型費:120万円で、1枚当たりの金型費:1.5円
  • ④合計:2.85円≒3円