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 なぜこのような仕組みで、量子コンピューターでも暗号解読できない通信を実現できるのか。これ以上分割できない単一光子をビット列に使うため、盗聴者による抜き取りを確実に検知できるからだ。盗聴者が光子を抜き取った場合、送信側と受信側で数が合わなくなるため、盗聴の有無が分かる。

 盗聴者が光子を抜き取り、抜き取った数の光子を挿入するケースではどうか。この場合、盗聴者が光子を盗み見ると、量子力学的な特性から光子の状態に変化が生じる。盗聴の有無が分かることになり、このような暗号鍵は漏えいの危険性があるとして捨てればよい。盗聴されていない暗号鍵のみを使うことで、理論的に破られない暗号通信を実現できる。

量子コンピューターの発展で実証加速

 量子暗号通信は、10年以上前から世界で実証が進んできた。だが特に注目を集めるようになったのはここ数年だ。背景の1つに、量子コンピューターの急速な発展がある。

 米Google(グーグル)は2019年に、スーパーコンピューターが1万年かかる計算を量子コンピューターが数分でやってのけるという量子超越性を達成したと発表した。実用化に向けて長い年月がかかるとみられてきた量子コンピューターが一気に歩みを進めたエポックな出来事だ。同時に、世界で広く使われる現在の暗号システムが瞬時に解読される時代が来てしまうのでは、という不安も広がった。

 現在インターネットで広く使われる暗号システムには、公開鍵暗号と呼ばれる方式が使われる。世界に広く公開する鍵(公開鍵)で暗号化されたデータは、秘密鍵でしか復号できない。現在のコンピューターでは膨大な時間がかかることを担保に安全性を確保する、計算量的安全という理論に基づく。

 量子コンピューターが今後、発展した場合、この前提が崩れる。公開鍵暗号方式が瞬時に解かれてしまう恐れが現実のものとなるからだ。例えば、WebサーバーとWebブラウザーの間で使われるHTTPSも公開鍵暗号が基盤となっているが、そこでやりとりしている情報が丸裸になってしまう。「中国が量子暗号通信に並々ならぬ力を入れる背景には、米国が開発に力を入れる量子コンピューターに対抗するためではないか」とある国内政府関係者はみる。

 現実的には、現時点の量子コンピューターの性能では、既存の暗号システムが瞬時に解読される段階に至っていない。Googleや米IBMが2019年に商用化した量子コンピューターは、まだ量子ビット数も限られ、誤り耐性などに課題が残っている。真の意味での実用的な量子コンピューターの実現にはまだ10年近い年月がかかるといわれる。それでも量子コンピューターの急速な発展は、現在の暗号システムの長期的な信頼性を揺るがすことに十分な効果を発揮している。国家機密や金融情報、ゲノムデータなど機微な情報に対して、今からコストをかけてでも、量子コンピューターでも破れない体制をつくっておく必要があると認識されつつある。

活発化する量子暗号通信の開発競争

 こうしたことから、中国以外の世界各国も量子暗号通信に力を入れ始めている。

 中国に次いで取り組みが目立つのが欧州だ。2019年には、オランダやドイツなど7カ国の合意で、今後10年以内に欧州域内で量子暗号通信網を構築するプロジェクト「European Quantum Communication Infrastructure(Euro QCI)」がスタートしている。現在、参加国は24カ国に拡大した。

 同じ2019年には、英BTや仏Orangeなどの欧州の大手通信事業者、東芝など38の産学パートナーが共同で量子暗号通信のテストベッドを作る「Open QKD」という取り組みも始まった。

 米国は中国や欧州と比べて、これまで量子暗号通信の取り組みで後れを取っていた。だがここに来て、「中国の取り組みを脅威に思ったのか、米国は2021年の量子技術関連の予算配分として、量子暗号通信などネットワーク関連の額を倍増して計上している」(CRDSの嶋田氏)。

 総務省 国際戦略局技術政策課 研究推進室長の山野哲也氏は、世界各国が量子暗号通信に取り組む背景について「国家情報を守るような暗号システムは、自国で技術を持っておく必要があるからだろう」と推測する。