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 「量子系人材の需要はかなり高い。AI(人工知能)系人材以上に希少なため、各社で取り合いになっている」――。こう明かすのは、量子コンピューターの開発などを手掛ける日本IBMだ。同社は東京大学などと共同で量子分野の研究開発を進め、2021年に全世界で1万人の量子人材育成を目指す。企業や政府機関が量子人材の育成や集約に急ぐ背景には、35年度に現在の15倍にもなるという量子関連の市場規模拡大がある。日本がリードする量子暗号通信(QKD)などの分野で世界規模のシェア獲得を目指すためには、人材育成にも大幅な予算の投入が不可欠だ。

 量子コンピューターや、「理論上絶対に破られない」量子暗号通信の普及が近づいている。米Google(グーグル)は20年、今後10年間で実用的な量子コンピューターを開発すると宣言している。同社や米政府機関などが加盟する米量子コンピューター団体「QED-C」には100以上の企業が名を連ねる。日本でも「量子イノベーションイニシアティブ(QII)協議会」が20年に設立され、東京大学や東芝などが共同で開発の加速化を図る(図1)。

図1 米IBMが開発する量子コンピューター「Quantum System One」
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図1 米IBMが開発する量子コンピューター「Quantum System One」
日本IBMは、東京大学や慶応義塾大学に量子コンピューターを設置し、共同で研究開発を進める。(出所:IBM)

 一方の量子暗号通信は、量子コンピューターの普及が近づくにつれて普及が進むとみられる。量子コンピューターの実用化で現行の暗号は破られる危険性がある。量子暗号通信は量子技術を使うことで理論上は絶対に盗聴されないためだ。東芝は21年4月、量子暗号通信事業を日本で初めて本格的に始動した。「35年に同市場の世界シェアの4分の1獲得」(同社)を目指しており、国内外の金融企業や政府機関などと実証実験を進める。同社は18年度に1400億円であった同市場が、35年には2兆1000億円に膨らむと予測する。

量子はたった「70人」

 量子人材の需要が高まっている一方で、日本の量子系開発者の少なさは大きな課題だ。「国内の大学などで量子分野を研究するポスドク(博士研究員)は70人以下だ。量子人材は、他の分野と比べて桁違いに少ない」。量子科学技術の研究開発を推進する文部科学省の担当者はこう語る。

 例えば、米国の主要な量子開発拠点の1つであるJoint Quantum Institute(JQI)には、同拠点だけでもポスドクが約50人所属する(21年5月時点)。量子関連分野の研究論文数でも日本は5位(14年から18年)で、中国や米国に大幅に後れを取っている状況だ。国家間の人口規模の違いはあるものの、日本が今後量子分野で世界と渡り合うためには量子人材の育成が急務だ。

 拠点整備や予算投入が十分でなければ、人材の海外流出も危ぶまれる。米国や中国などの諸外国は量子系スタートアップなどの企業も多く、予算規模が大きいからだ。例えば、米IBMは19年、量子コンピューティング応用研究者を25万ドル(約2700万円)で募集している。「米国で量子事業を手掛ける企業とは2倍以上の給料の差がある」と量子暗号通信の開発を進める情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 主管研究員の佐々木雅英氏は打ち明ける。

 そこで量子コンピューターや、「日本が国際的な優位を持って主導できる」(佐々木氏)量子暗号通信などの分野で人材を獲得するため、産学官で人材の育成に動きだしている。