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 中国、そして日米欧において実証が進む量子暗号通信(QKD: Quantum Key Distribution)。日本勢は装置の性能や国際標準化などで強みを持つ。官民連携で社会実装を広げていけば、世界をリードできる可能性がある。日本勢の世界攻略に向けたシナリオに迫る。

 「2022年ごろが、量子暗号通信の国際市場のシェアをどの国が取り始めるのか見えてくる時期だ。実証の規模では中国に先手を打たれたが、ここまでに日本勢で市場を奪還する。2025年以降は国際市場シェア4分の1を日本が獲得できるように取り組む」─。情報通信研究機構(NICT) 未来ICT研究所 主管研究員 NICTフェローの佐々木雅英氏はこう力を込める。

 国家安全保障の観点から世界で重要性が増している量子暗号通信。2025年ごろから世界で普及が加速し、10年ほどで社会に広く浸透し、2035年には200億米ドル(約2.1兆円)の市場規模に達すると予想されている。日本勢は、国内市場はもちろんのこと、巨大な世界市場への進出を狙っている。

 現時点においては中国が、量子暗号通信の実用化で世界の先頭を走っている。国家戦略として長大な量子暗号通信のネットワークを構築し、5G(第5世代移動通信システム)などと同様に、まずは巨大な中国市場でインフラを作り上げることで、社会実装でも世界をリードする戦略だ。

 しかし日本にも勝機がある。中国は米中貿易摩擦などの影響で欧米への参入障壁があるためだ。

 「他国と比べた一番の大きな違いは、日本は20年にわたって一貫して量子暗号通信に取り組んできたこと。米国や欧州は4~5年で研究プロジェクトが入れ替わったりしている。NICTを中心に東芝やNEC、NTT、三菱電機などが技術を積み上げてきた。その結果が、日本勢が提案した量子暗号通信初の標準化採択や、多彩なアプリケーション開発につながっている」とNICTの佐々木氏は続ける。

世界最高性能でシェア25%を狙う東芝、国内外で50社以上と実証

 日本国内はもちろん、世界の量子暗号通信市場を性能面でリードしているのが東芝だ。東芝が開発する量子暗号通信装置は、暗号鍵を共有する速度が300kビット/秒、最大伝送距離は120kmと、他社製品の性能を大きく凌駕する。

東芝が開発する量子暗号通信装置
東芝が開発する量子暗号通信装置
BB84方式を採用する。理想的な光ファイバーを使った場合、安定して暗号鍵を配送できる最大距離は120kmで、鍵生成速度は50kmの区間で300kビット/秒という。(撮影:日経クロステック)
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 長距離伝送が可能であればあるほど量子暗号通信システムの導入コストを下げられる。こうした性能の高さは、世界攻略の強みになる。

 同社は2020年度第4四半期に、量子暗号通信装置のシステムを国内外で構築する事業を開始した。2021年4月には、営業体制などの強化のため、量子暗号通信事業を子会社の東芝デジタルソリューションズに移管した。今後は同社の量子暗号通信装置の性能を生かし、国内外で本格的に実証実験やビジネス展開を進めていく。

 「量子暗号通信の世界市場は5~10年で爆発的に大きくなるとみている。東芝はその1/4の市場を取る。これは中国勢を含めたシェアであり、中国勢を除くと世界市場の半分を制したい」─。東芝で量子暗号通信事業を統括する東芝デジタルソリューションズ社長で東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者(CDO)の島田太郎氏は意気込む。

英BTや米Verizonとも実証

 東芝は国内外でインフラを構築するパートナーやエンドユーザーを含めて50社以上と商談を進めているという。多くの引き合いが同社に殺到している様子だ。

2020年度
日本 野村證券などと金融分野で実証実験
北米 米Verizon(ベライゾン)の量子暗号通信トライアルに参加
英国 英BTグループと国有研究機関でのシステム構築・運用
欧州 EU「OpenQKD」プログラムの実証プロジェクトに参加
2021年度
日本 特定政府機関への実証実験事業を開始
北米 「Chicago Quantum Exchange(CQE)での実証実験、大手金融機関との実証を予定
英国 ロンドンで「Quantum Safe Network(QSN)」実証実験を推進予定
欧州 A国で大手通信会社とQSN実証実験を予定
韓国 大手通信会社と政府選定モデル事業に共同参加、量子暗号通信の実証実験を予定
シンガポール 大手通信会社と量子暗号通信トライアル予定
東芝は国内外で多くの実証実験に参加
東芝は2035年度に量子暗号通信市場の約1/4の獲得を目指す。同市場は同年、「全世界で約200億米ドル」(東芝)に達すると予想される。(出所:東芝デジタルソリューションズの資料を基に日経クロステックが作成)

 例えば海外では2020年度に、英大手通信事業者BTと英ブリストルの研究開発機関と共同で量子暗号通信の実用検証システムを構築した。「量子暗号通信を使って遠隔から3DプリンターにCADデータを送信する実証を進める」(島田氏)という。

 機密性の高い製品のCADデータなどは、盗まれると企業にとって致命的な損失になりかねない。こうした重要データを守るために、量子暗号通信を活用しようという実証だ。

 北米では米大手通信事業者であるVerizon Communicationsが実施している量子暗号通信のトライアルに参加している。「5Gの中継局に量子暗号通信を入れて、セキュアーな通信路を確保することが目的」(島田氏)という。

 5Gは低遅延性を生かし、自動運転などでの遠隔制御用途が想定されている。こうしたケースで5Gがハッキングされた場合、人の生死に関わる恐れがある。それを量子暗号通信で守ろうという狙いだ。

 もちろん東芝は国内でも数多くの実証を進めている。同社は東北大学東北メディカル・メガバンク機構などと共同で20年に、大容量のゲノム解析データを7km離れた拠点に量子暗号通信を使ってリアルタイムに伝送する実証を実施した。

 金融分野では、野村證券と共同で20年に、顧客・経営情報やトレード情報などを、量子暗号通信を使って安全にやり取りする実証を開始している。この実証にはNICTとNECも共同で参画している。