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 米Googleや米IBMが開発にしのぎを削る量子コンピューター。複数台の量子コンピューターを相互接続すると演算能力は指数的に上がる。そのためのネットワーク基盤「量子インターネット」は、現行インターネットとまったく異なるプロトコルと中継器が必要になる。

 量子インターネットは現行のインターネットの基幹網と同様、光子を情報のメディアとして使う。しかし量子インターネットでは、光子を「0」と「1」のデジタル信号として利用するのではなく、量子状態(主として偏光状態)そのものを情報として扱う。この違いにより、デジタル信号で使われてきた従来型の中継器が適用できなくなってしまうからだ。

 量子メモリーを用いる量子中継において現在、有望視されているのが、「ダイヤモンドNVセンター」と呼ばれる物質を活用する手法である。

(a)ダイヤモンドNVセンターの構造
(a)ダイヤモンドNVセンターの構造
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(b)ダイヤモンドNVセンターの外観
(b)ダイヤモンドNVセンターの外観
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量子中継のカギを握る「ダイヤモンドNVセンター」
量子中継器のデバイスとして使われるダイヤモンドNVセンターの外観と構造を示した。ダイヤモンド内の炭素(C)原子を窒素(N)に置換することで、腕(原子価)を1本減らし、空孔(V)をつくる複合欠陥を持つ。負に帯電したダイヤモンドNVセンターでは、隣接する3つのCから供給された3電子、Nから供給された電子対、捕獲した電子の6電子が存在する(a)。これらは量子状態を保持する量子ビットとして使える。ダイヤモンドの強固な構造の中で、常温でも長時間量子状態を保持できるのが特徴だ。NVセンターに緑色の光を当てると、空孔の電子が光を吸収し、赤い蛍光を放出する(b)。(図と写真:日経クロステック)

 ダイヤモンドNVセンターは、ダイヤモンド中の複数の炭素(C)を窒素(N)に置換した物質である。NはCよりも他の原子と結合する腕の数(原子価)が1本少ないため、ダイヤモンド内に空孔(V)が生じ、そこに電子が集まる。集まった電子や炭素の同位体の核子は、量子状態を長時間保持できるため、量子メモリーとして扱える。

 ダイヤモンドNVセンターを用いた量子中継器の研究開発を進めているのが、横浜国立大学 量子情報研究センター センター長の小坂英男氏だ。同氏によると、ダイヤモンドNVセンターは数秒から数分という長時間にわたって量子状態を保持できるメリットがあるという。半導体の量子メモリーは、数ナノ秒程度しか量子状態を保持できない。

 それだけでなく、ダイヤモンドNVセンターは室温でも動作できるという利点もある。他の一般的な物質を使った量子メモリーだと動作時に冷却が必要だ。

 小坂氏はこのダイヤモンドNVセンターに含まれる、Cの同位体(13C)の核子(中性子)を、量子ビットを保持する量子メモリーとして活用する量子中継方式を提案している。核子が持つ核スピンは、外部の電場や光の影響を受けにくく、電子スピンを用いる場合と比べて状態が壊れにくいからだ。

NVセンター内で光の状態を炭素に転写

 小坂氏が研究を進める量子中継方式では、主メモリーに使う核スピン以外に、電子と光子も量子ビットに用いる。量子インターネットで伝送する量子ビットは光子であるため、当然ながら光子の活用が必要になる。

ダイヤモンドNVセンターで量子メディア変換を実行
ダイヤモンドNVセンターで量子メディア変換を実行
横浜国立大学 小坂研究室が提案する量子中継器におけるダイヤモンドNVセンター内の量子状態を示した。同位体である炭素13の核スピン、電子スピン、光子の偏光の計3種類の量子状態を活用する。それらの量子は、互いにマイクロ波照射や発光・吸収によって量子もつれ状態を生成できる。(図:日経クロステック)
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 一方の電子は、光子の量子情報を13Cの核スピンに転写する媒介として使う。負に帯電したダイヤモンドNVセンターの空孔には、3つのCから供給された3電子と、Nから供給された電子対、それに捕獲した1電子の計6電子が存在する。そのうち、電子対をつくらない2電子はスピンと呼ばれる量子状態を持つため、量子ビットに使える。