米Googleや米IBMが開発にしのぎを削る量子コンピューター。複数台の量子コンピューターを相互接続すると演算能力は指数的に上がる。そのためのネットワーク基盤「量子インターネット」は、現行インターネットとまったく異なるプロトコルと中継器が必要になる。
量子インターネットは現行のインターネットの基幹網と同様、光子を情報のメディアとして使う。しかし量子インターネットでは、光子を「0」と「1」のデジタル信号として利用するのではなく、量子状態(主として偏光状態)そのものを情報として扱う。この違いにより、デジタル信号で使われてきた従来型の中継器が適用できなくなってしまうからだ。
量子メモリーを用いる量子中継において現在、有望視されているのが、「ダイヤモンドNVセンター」と呼ばれる物質を活用する手法である。
ダイヤモンドNVセンターは、ダイヤモンド中の複数の炭素(C)を窒素(N)に置換した物質である。NはCよりも他の原子と結合する腕の数(原子価)が1本少ないため、ダイヤモンド内に空孔(V)が生じ、そこに電子が集まる。集まった電子や炭素の同位体の核子は、量子状態を長時間保持できるため、量子メモリーとして扱える。
ダイヤモンドNVセンターを用いた量子中継器の研究開発を進めているのが、横浜国立大学 量子情報研究センター センター長の小坂英男氏だ。同氏によると、ダイヤモンドNVセンターは数秒から数分という長時間にわたって量子状態を保持できるメリットがあるという。半導体の量子メモリーは、数ナノ秒程度しか量子状態を保持できない。
それだけでなく、ダイヤモンドNVセンターは室温でも動作できるという利点もある。他の一般的な物質を使った量子メモリーだと動作時に冷却が必要だ。
小坂氏はこのダイヤモンドNVセンターに含まれる、Cの同位体(13C)の核子(中性子)を、量子ビットを保持する量子メモリーとして活用する量子中継方式を提案している。核子が持つ核スピンは、外部の電場や光の影響を受けにくく、電子スピンを用いる場合と比べて状態が壊れにくいからだ。
NVセンター内で光の状態を炭素に転写
小坂氏が研究を進める量子中継方式では、主メモリーに使う核スピン以外に、電子と光子も量子ビットに用いる。量子インターネットで伝送する量子ビットは光子であるため、当然ながら光子の活用が必要になる。
一方の電子は、光子の量子情報を13Cの核スピンに転写する媒介として使う。負に帯電したダイヤモンドNVセンターの空孔には、3つのCから供給された3電子と、Nから供給された電子対、それに捕獲した1電子の計6電子が存在する。そのうち、電子対をつくらない2電子はスピンと呼ばれる量子状態を持つため、量子ビットに使える。