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 量子インターネットの実現に向けて最大の課題となる通信経路における中継器。量子インターネットも現行のインターネットの基幹網と同様、光子を情報のメディアとして使う。もっとも量子インターネットでは、光子を「0」と「1」のデジタル信号として利用するのではなく、量子状態(主として偏光状態)そのものを情報として扱う。この違いにより、デジタル信号で使われてきた従来型の中継器が適用できなくなってしまう。

 量子中継器において、ダイヤモンドNVセンターのような物質の量子メモリーが必要不可欠と考えられているが、NTTは光の送受信装置のみで量子中継できるという「全光方式」というもう一つのアプローチを提唱している。

事前の量子もつれ形成で時間短縮

 NTTによると、全光方式は短時間に量子テレポーテーションを実行でき、量子メモリーを用いる時と比べて通信レートを上げられるという。

 理由は、全光方式では中継地点でグラフ状態と呼ばれる多光子間の量子もつれ状態を事前につくっておくことにある。光子は光ファイバーに吸収されやすく、中継地点まで無事に到達できるとは限らない。量子メモリー方式の場合、両方のノードから光子が届くのを待ってから量子もつれをつくる。たとえば、片方のノードの光子が早く到達し、もう片方が吸収されるなどして時間がかかった場合、無駄な待ち時間が生じる。これは、通信レートに対してマイナスに働いてしまう。

あらかじめ量子もつれをつくることで待ち時間がなく量子テレポーテーションができる
あらかじめ量子もつれをつくることで待ち時間がなく量子テレポーテーションができる
NTTと大阪大学 山本研究室が理論提案した全光量子中継の概念図を示した。中継地点の多数の光子間でもつれ状態をつくっておき、送受信側は中継器に向かってもつれ発光する(a)。中継器に到来できた光子と、グラフ状態の光子の間で相関関係の測定(ベル測定)をする。同時に、光子が到達できなかったゲート上のグラフ状態光子のもつれを解く(b)。測定結果を基にエラー訂正することで、量子テレポーテーションされる(c)。(図:山本氏の資料を基に日経クロステックが作成)
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 全光量子中継ではこのようなことが起こらないという。中継地点の送信側と受信側にそれぞれ複数のノードを用意し、それらのノード内の各光子について、あらかじめ量子もつれ状態をつくっておくからだ。こうすることで、送信側と受信側の両方においてどれか1つのノードに光子が到達した瞬間に、光子の相関関係を測り、エラー訂正をするだけで量子テレポーテーションを実行できる。

 大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 物性物理工学領域 教授の山本俊氏は、この全光量子中継の実験に2019年に成功した。

 山本氏が実験したのは、中継地点に3光子を使うという条件の量子中継方式である。中継地点には、3つのノードにそれぞれC1とC2(送信側)とC5(受信側)の3光子を用意し、それらの光子をあらかじめ量子もつれのグラフ状態にしておく。中継器に向けて送られる光子αを用意し、これをビームスプリッターでC1とC2のどちらかに向けて放つ。

3光子の全光量子中継に成功
3光子の全光量子中継に成功
大阪大学 山本研究室が検証した全光量子中継の概要を示した。3光子間でグラフ状態をつくった中継器を使い、量子テレポーテーションを実行した。偏光ビームスプリッターを通った光子は、2つの出口のうち片方から出る。これで光子の損失と生存を再現した。損失した側に対応するグラフ状態の光子は、「Type-IIフュージョンゲート」により他の光子とのもつれが解消される。一方、生存した光子と、それに対応するグラフ状態の光子とは、ベル測定を実施する。(図:山本氏の資料を基に日経クロステックが作成)
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 送られた方のノードにある光子は、光学素子で構成される「Type-IIフュージョンゲート」と呼ばれる装置によって、光子αと量子もつれを形成し、相関関係の測定を実施する。一方送られなかった方の光子は、自身と他光子との量子もつれ関係をType-IIフュージョンゲートによって断ち切る。測定結果によって、光子αの量子状態がC5に量子テレポーテーションによって転写される。

 山本氏の研究室はこの実験において、70%以上の忠実度で量子テレポーテーションが実行できたとする。全光中継方式の実験に成功したのはこれが世界で初めてだという。