2021年3月から開始予定だった、医療機関などでマイナンバーカードを健康保険証として利用する「オンライン資格確認」。相次ぐトラブルを受け、厚生労働省は本格稼働を約半年後に延期した。だが、トラブル発覚以前から医療機関は導入に後ろ向きだった。医療機関の負担が過大なだけでなく、少なくとも現段階では医療機関側がメリットを見いだせる状況にないからだ。
「当初、京大病院では導入しないと判断した」。京都大学医学部付属病院で医療情報企画部長を務める黒田知宏教授は、こう振り返る。
黒田教授は情報科学が専門で、2001年から京大病院の情報システムを担当する。システムやネットワークに詳しく、マイナンバーカードの保険証利用について厚労省担当者らに質問するなどしてやり取りを重ねてきたが、2019年12月に「導入しない」と判断した。
受付対応が外来診療時間に終わらない
当初「NO」と判断した理由は、導入によって病院受付業務がパンクする懸念があるからだ。マイナンバーカードを保険証として利用するには、厚労省が指定する専用の顔認証付きカードリーダーにマイナンバーカードを読み込ませたうえで、顔認証をする。受付には1人当たり数十秒かかる。
厚労省の補助金で導入できる顔認証付きカードリーダーは、京大病院の場合は計4台だ。京大病院では毎日約3000人の患者が訪れ、受付をする。黒田教授の試算では、3000人の患者に顔認証付きカードリーダー4台で対応すると、受付時間だけで通常の外来診療時間を超えることがわかった。京大病院では現状は診察券を投入するタイプの自動受付システムを9台設置しているが、それでも朝は受付を待つ患者の行列ができる。
さらに、患者がマイナンバーカードを保険証として利用するには、病院が事前に初期登録作業をする必要がある。その事務負担が加わることを考え「もう、無理だ」(黒田教授)と判断した。
初期登録は顔認証付きカードリーダーのほか、パソコンやスマートフォンなどから手続きをする。ただ、病院スタッフのサポートが必要になるため、初期に導入する施設に過大な負担がかかる。「どの施設も、世の中のある程度の人が初期登録作業を済ませるまで導入を待っておこうと考えるだろう」(黒田教授)。なお、2021年3月時点でマイナンバーカードの保険証利用の申込件数は311万件と、マイナンバーカードの交付枚数の8.9%にとどまる。
いったん導入を見送った京大病院だが、2020年10月、国立大学病院に導入の申請を促す文部科学省からの問い合わせを受け、今後導入することになった。2022年に予定している電子カルテシステムの更改に合わせてオンライン資格確認のためのシステム改修も行うため、導入は「2022年度後半になるのではないか」(黒田教授)という。