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行政がデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた取り組みを急ぐなか、霞が関や地方自治体でデジタル人材の争奪戦が始まっている。新規採用や民間登用が活発になる一方、既にデジタル人材として活躍するプロパー職員もいる。本特集は霞が関や自治体で活躍するプロパーのデジタル人材に焦点を当て、そのDXの成果とデジタル人材に至った背景に迫る。

 持ち歩く名刺の表面には千葉県船橋市の総務部情報システム課課長補佐の肩書がある一方で、裏面にはNPO法人「Digital Government Labs(以下DGL)」代表理事ともある。名刺の持ち主である千葉大右氏は「他の自治体やITベンダーから『一緒に何かやろう』と声をかけてもらう場面が増えた」と話す。

千葉 大右(ちば・だいすけ)氏 船橋市総務部情報システム課課長補佐
千葉 大右(ちば・だいすけ)氏 船橋市総務部情報システム課課長補佐
1973年生まれの48歳。1994年船橋市役所入庁。住宅政策課、市民税課を経て電子行政推進課に配属。メインフレームの運用担当となり、32歳にして人生で初めてコードを書く。その後、戸籍住民課でマイナンバー制度導入や窓口業務改革を担当し、2020年から現職。2021年1月には内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室に出向し、ワクチン接種記録システム(VRS)の開発に従事した。2018年から総務省地域情報化アドバイザー、2020年からNPO法人「Digital Government Labs」の代表理事も務める。(写真:陶山 勉)
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 DGLは自治体職員らが中心になって、デジタル技術とデザイン思考のアイデアを出し合う団体として2020年1月に発足した。千葉氏は初代の代表理事を務める。自治体職員がNPO法人を設立する例は珍しくないが、DGLには複数のITベンダーも参画し、行政サービスが抱える課題の解決を後押しする「官民共創」を掲げている点が特徴だ。

 設立からの活動は多岐にわたる。例えば2020年11月から4回にわたって「自治体システム標準化対応研究会」をオンラインで開催した。政府が2025年度を目標に移行を目指している自治体システムの標準化に向けて、ベンダー担当者を交えて実践的な議論を繰り広げた。

 2021年5月には書籍『自治体×ベンダー 自治体システム導入の「そういうことだったのか」会議』(ぎょうせい)をDGLとして出版。自治体職員やベンダー関係者の対談形式で、「職員が一目置くベンダー営業担当者の特徴」から、自治体のシステム部門や事務担当部門、ベンダーとの間で噴出しやすい課題への対処法まで幅広くまとめた。

自治体職員のつながりが政府も動かす

 千葉氏はDGLの前身となる集まりから関わってきた。設立の母体となったのは、2015年10月にマイナンバー制度がスタートする際にFacebookで情報交換しながら苦労を分かち合った自治体職員たちだ。

 当時、千葉氏は船橋市で専任担当者としてマイナンバー制度の準備に携わっていた。千葉氏がFacebookのグループで総務省などの通知内容の要点を共有すると、メンバーから喜ばれた。「マイナンバー制度を担当した41歳まで他の自治体職員とつながりは皆無だったが、初めて役所の外でやりがいを感じた」と振り返る。

 なぜ喜ばれたのか。規模の小さい自治体は「1人情シス」の職員や他の業務と兼務でマイナンバー制度を担当する職員が多かったからだ。

 担当する自治体職員は条例の改正からマイナンバーカードの交付まで孤軍奮闘を迫られ、通知内容を把握する時間すらなかった。なかには心身を病んでしまう職員もいた。にもかかわらず、マイナンバー制度の施行前後は総務省などから毎日のように五月雨式に自治体への通知が届いていた。

 千葉氏はFacebookを通じて知り合った東京都大田区役所の職員である遠藤芳行氏(DGL副代表理事)をはじめとする複数の自治体職員と協力して、勉強会を主宰した。各自治体のマイナンバー制度の担当職員がそれぞれの取り組みの成果を半年ごとに披露し合うというものだ。

 勉強会とはいうものの、堅苦しさは一切ない。職員のプレゼンテーションからは笑いを誘うエピソードも飛び出す。

 背景にあったのは遠藤氏が繰り返し強調した「明るく、楽しく、前向きに」という標語だ。政府の方針で実務を担う自治体職員は、ともすれば政府や自治体の職場への不満が募り、批判や弱音といったネガティブな会話に偏りがちだ。

 「大変なことが多くても、我々が前向きに提案をすれば良い方向に変えられる」。遠藤氏の考え方に千葉氏は共感し、今もDGLはこうした考え方を引き継ぐ。

 マイナンバー制度の運用を担う自治体職員が改善に向けたアイデアを出し合ううちに、マイナンバー制度を所管する内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室(以下IT室)の職員らも勉強会に加わった。「自治体にこういう活動をしている職員がいるのかと参加してくれた。今もやりとりしている」(千葉氏)。