個人認証IDであるマイナンバーに対して、事業者認証IDとも言える、経済産業省が整備した法人向け認証サービス「gBizID(GビズID)」が急速に広がっている。新型コロナ禍で行政サービスのオンライン申請などで活用が進み、アカウントを取得する事業者が増えた。2021年5月末時点でGビズIDに関するフルサービスを受けられる「gBizIDプライム」の発行アカウント数は約46万件。新規発行は足元では週に約1万件、月に約5万件のペースで進む。
「霞が関のDX人材といったらあの人は外せない」。官民ともに行政DXに携わる人がこう口をそろえるのが、経済産業省商務情報政策局情報プロジェクト室長の吉田泰己氏だ。吉田氏はGビスIDをはじめとした、事業者向けデジタルプラットフォームの立案から整備まで一貫して携わっている。原動力は現場で感じた危機感だ。何とか解決しようという熱い思いで周囲の懐疑的な見方も説得してきた。
新型コロナ禍が取得を後押し、アクセスしにくくなる事態も
吉田氏らが整備する事業者向けデジタルプラットフォームは、法人の本人確認をGビズIDで認証し、1つのGビズIDで補助金申請サービス「Jグランツ」などの複数の行政手続きをオンラインで進められるのが特徴だ。さらにデータ連携により行政手続きでデータを再入力しなくても済むようにする仕組みや、法人活動情報をオープンデータとして事業者が活用できる環境の整備なども進めている。
事業者向けデジタルプラットフォームが本格的に稼働したのはJグランツがスタートした2020年1月である。その後も活用が進み、2021年4月末時点で霞が関や自治体の計22システムのオンライン手続きでGビズIDの認証が使えるようになっている。
利用できるオンライン手続きが増えることで、GビズIDを取得する事業者も増えた。新型コロナ関連の補助金申請で使えることも取得を後押しした。2021年4月末には、アクセス集中でつながりにくい事態が発生するほど、想定以上の利用があった。約270万社とされる事業継続中の日本法人全てがGビズIDを持つ環境をつくるのが吉田氏らの目標だ。
スタートアップを行政組織内でやっているようなもの
2008年に経産省に入省した吉田氏が事業者向けデジタルプラットフォーム構想を得たきっかけは、2015年から2017年にかけての海外留学だった。
シンガポール国立大学でMBA(経営学修士)を修了し、続けてリー・クワンユー公共政策大学院に進学し、その交換留学プログラムで米ハーバード・ケネディ・スクール(公共政策大学院)でフェローとして学んだ。シンガポールやエストニア、英国といったデジタル政府先進国の事例を学び、それぞれの政策担当者から直接話を聞いた。「日本ではデジタル政府をどうつくっていくかを考えた」(吉田氏)。
2017年7月に留学から帰国すると、経産省商務情報政策局の情報プロジェクト室に着任した。当時、同室は経産省のシステム運用や実証事業を担当していたが、「デジタルガバメントをやってもらう」と上司に言われ、吉田氏は学んできたことを存分に生かし「思いっ切りやろう」と発奮。「一番大きい絵」を描いた。
当時、霞が関では総務省が中心となってマイナンバーカードを活用した住民サービスの向上に取り組んでいた。一方、経産省は事業者の生産性向上に取り組むのがミッション。吉田氏は事業者向け行政サービスのデジタル化を進めるなかで、他の省庁や自治体のサービスも含めて認証を共通化するといった現在の事業者向けデジタルプラットフォーム構想をつくっていった。
もちろん共通の認証基盤を持ち、他省庁や自治体も巻き込む同構想は霞が関で前例がない。前例踏襲を是としがちな霞が関において「スタートアップを行政組織内でやっているようなものだった」と吉田氏は振り返る。IT関連予算を担当する内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室の担当者は、「最初は半信半疑。『本当にできるの?』という反応だった」(吉田氏)。