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日経コンピュータの書籍『なぜデジタル政府は失敗し続けるのか 消えた年金からコロナ対策まで』より、デジタル政府20年の歴史を解説した第2章の一部を再録しました。本記事は第1回です。

 政府の行政手続きを電子化する「電子政府」への取り組みが本格化したのは1999年のことだ。同年12月、政府は行政文書のペーパーレス化や政府調達手続きの電子化について、実施方針やスケジュールを発表した。当時の小渕恵三首相は電子政府の推進を2000年度の重要政策の一つに位置付け、2001年の「e-Japan戦略」にも柱の1つに取り込まれた。

 この計画にNEC、NTTデータ、日立製作所、富士通といった政府システム市場で高いシェアを握る大手ITベンダーは色めき立った。外資系企業やその他の大手システムインテグレーターも、虎視眈々(たんたん)と参入の機会を伺っていた。今後3年で電子政府のシステム構築に投入される費用は1兆円に達すると見込まれ、「行政手続きの電子化としては、過去最大の投資案件」(ITベンダー)だったためだ。さらなる売り上げ拡大を狙い、ITベンダー各社は専門組織の設置やソリューション体系の整備にまい進した。

 専門組織の役割は、今後進められるプロジェクトの情報を集めることと、入札が行われる「前」の無償の提案活動だ。あるメーカーの電子政府専門組織の担当者は当時、日経コンピュータの取材にこう打ち明けた。「中央省庁の担当者は情報技術の専門家ではない。だから、われわれが事前に提出した各種の資料を参考にして提案要求書を書くこともある。提案要求書に当社にしかない固有の技術が必要と盛り込まれたら有利な立場に立てる」。

 政府側にIT専門家がいないまま実施された政府システム調達は、様々な「ひずみ」をもたらした。その1つが「超安値調達」だ。1万円以下の安値で落札し、付随するシステムの開発や運用保守で高い利益を得る。中には、予算規模が1億円を超すパイロットシステムを1万円で落札し、その後に本番システムの開発を70億円超で落札した例もある。ITベンダーは超安値調達で批判を浴びると、子会社や取引先に安値落札を実行させるようになった。

 政府のシステム市場を巡って繰り広げられる大手ベンダーの泥沼の闘いは、政府のシステム調達体制に根本的な問題があることを物語っていた。

 問題の根源は、発注者である官公庁のシステム部門の能力不足にあった。長年にわたって特定の“お抱え”ベンダーが大半のシステム構築を請け負ってきた中で、官公庁のシステム部門はシステムの企画から運用までを、大きくベンダーに依存するようになった。これが官公庁のシステム部門とベンダーのなれ合いを生み、実態に合わない制度のもとで数々の問題を引き起こした。

 当時の官公庁のシステム調達は、最低価格で入札した企業に落札させるか、さもなくばベンダーの提案を一定の技術的な評価基準に沿って採点し、その採点結果を入札価格で割って、一番数字の大きい企業を落札者としていた。思い切った安値で入札すれば、ほぼ確実に落札できる仕組みになっていた。いくつかの案件では公正取引委員会がITベンダーに警告を出す事態になったが、それでもITベンダーは安値入札を止めなかった。

 ITベンダーは当時、日経コンピュータの取材に対して「採算割れしていたことは事実だが、案件の重要性を考えて安値で入札した」「落札した案件の中には戦略的に採算性以外の点を重視して取り組む場合がある」「あらゆる面から損益を考えた上で、案件の将来性を考慮した。受注すれば技術・運用ノウハウの蓄積など、社内に様々な有形無形の財産が蓄積できると判断し、本件を重要視して“必注”を期した」などと答えた。

 もちろん、これらの企業が赤字を容認して安値入札を繰り返しているのではない。安値で落札しても「最終的には赤字を補って余りある利益を上げることができるからだ」(経済産業省幹部)。この仕組みは、システム調達に関わる者にとって半ば公然の事実だったが、官庁側で是正できないほど根深いものになっていた。