日経コンピュータの書籍『なぜデジタル政府は失敗し続けるのか 消えた年金からコロナ対策まで』より、デジタル政府20年の歴史を解説した第2章の一部を再録しました。本記事は第2回です。
政府が2003年から、大手ITベンダー依存のシステム調達体制を改める施策を相次ぎ打ち出した。だが当時のIT調達改革は官公庁の調達能力を高めるには全く不十分だったことが、次第に明らかになる。
その不備が露呈した失敗の典型例が、特許庁の基幹系システム刷新プロジェクトである。2004年から8年がかりで臨んだが、結局は55億円を無駄にしただけ。新システムは完成しなかった。失敗の最大の要因は、発注者である特許庁にあった。関係者の証言から、失敗に至る経過を改めてひもとく。
特許庁は2004年、政府が打ち出した業務・システム最適化計画に沿って、特許審査や原本保管といった業務を支援する基幹系システムの全面刷新を計画した。
特許庁の基幹系システムは、特許、実用新案、意匠、商標の知財四権について、出願の受付、審査、登録といった基本業務を支える。アプリケーションの開発規模は二千数百万ステップ。メガバンクの勘定系システム並みだ。当時のシステムはNTTデータが開発したもの。特許庁はNTTデータと「データ通信サービス契約」を交わし、1990年12月から利用してきた。データ通信サービス契約とは、顧客向け業務システムを開発したITベンダーがソフト/ハードの資産を所有し、機能だけを顧客に提供する契約形態のこと。初期コストを抑えられる一方、開発・運用コストの透明性を確保しにくい課題がある。
特許庁がシステム刷新に踏み切ったきっかけは、政府が2003年に発表した電子政府構築計画が示した、レガシーシステム刷新の指針である。メインフレーム中心のシステムの開発や運用保守を、特定のベンダーに長年にわたって任せてきたことがコストの高止まりにつながっているとし、システムのオープン化を求めた。NTTデータとデータ通信サービス契約を結んでいた特許庁も例外ではなかった。
特許庁はシステムの刷新可能性調査をIBMビジネスコンサルティングサービス(現・日本IBM)に委託。刷新の費用対効果は高いとの調査結果を踏まえ、特許庁は2004年4月末にデータ通信サービス契約の未払い分約250億円をNTTデータに支払った。「残債」の一括償却だ。その後06年1月までに同契約を解除、開発や運用など業務別の単年契約に切り替え、刷新準備を進めた。
特許庁は刷新準備にあたり、システムアーキテクチャーに詳しい情報システム部門のある職員(以下A職員)と、刷新可能性調査を担ったIBMビジネスコンサルティングサービスを中心に、調達仕様書を作成した。
業務プロセスを大幅に見直し、2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了することを目指した。度重なる改修によって複雑に入り組んだ記録原本データベースの一元化に加え、検索や格納などの基盤機能と法改正の影響を受けやすい業務機能を分離し、保守性を高めるという野心的な目標を立てた。一方で、全ての情報をXML(データの意味や構造を記述できるマークアップ言語)で管理するなど技術的難度が高く、十分な性能を出せないなどのリスクを抱えていた。さらに仕様書の骨格が固まった2005年7月、A職員は異動となりプロジェクトを離れた。
特許庁はこの調達仕様書に基づいて2006年7月に入札を実施した。政府の調達指針では、大規模プロジェクトについては分割発注を原則にしていたため、システムの基本設計から詳細設計までと、業務アプリケーション開発以降の工程を分離した。
基本設計から詳細設計までを落札したのは東芝ソリューション(現・東芝デジタルソリューションズ)だった。技術点では最低だったが、入札価格は予定価格の6割以下の99億2500万円。これが決め手となった。価格の妥当性について会計課は審査し、問題なしとした。プロジェクトマネジメント支援を請け負ったのはアクセンチュアで、2006年末に07年3月までの支援業務を6720万円で落札、続く07年4月からの4年間は33億6722万8410円の随意契約を結んだ。