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方針転換、「現行業務の延長で」

 プロジェクトは2006年12月の開始直後からつまずいた。複数の関係者によれば、計画と工程の策定に2カ月をかけた後、特許庁は東芝ソリューションにこんな提案をしたという。

 「現行業務の延長でシステムを開発してほしい」。

 業務の無駄を省く業務プロセス改革(BPR)を前提にシステムを刷新するのではなく、現行の業務プロセスをそのまま踏襲する形で新たなシステムを開発しようというわけだ。調達仕様書の作成に費やしたコストと時間を無駄にしてまで方針転換した理由は定かでないが、この時点で開発範囲(スコープ)についてベンダーとシステム部門、利用部門との間で、認識に大きなギャップがあったのは明らかだった。そもそもシステム部門に、大胆なBPRを進めるに足る権限も体制もなかった。

 東芝ソリューションは現行の業務フローを文書化するため、2007年5月までに450人体制に増強した。だが、現行業務の把握に手間取り、作業が遅延した。

 東芝ソリューションは遅れを取り戻すため、2008年には1100~1300人体制にまで増員した。人材派遣会社や協力会社を通じて、大量の人材を集めたという。これが、さらなる混乱をもたらした。「東芝ソリューションには、協力会社を含め多数の開発要員を統率する経験がなかった」(関係者)。

 設計チームが入居していたビルは一気に手狭になり、机の1人当たりのスペースは「ノートPCが1台置けるくらい」(同)に縮小した。あるチームは現行の業務フローを反映した文書をひたすら作成した。あるチームは特許に関わる法律をひもとき、業務やデータベースの項目を洗い出した。成果物の基礎となる規約もなく、成果物の質に大きなばらつきが生じるのは必然だった。工数をかけずに低品質の文書を量産し、労せず利益を得る協力会社もいた。「1日でフェラーリ1台に相当するカネが無駄に飛んでいる」――。プロジェクトに参加していた技術者の間ではこんな皮肉が交わされていたという。

仕切り直しの矢先、激震走る

 2009年4月、特許庁は調達仕様書を作成したA職員をプロジェクトに復帰させ、プロジェクトの仕切り直しを図る。開発範囲を当初の仕様書ベースに戻したのだ。

 A職員は設計書で記載すべき内容を示した「設計規約」の作成を東芝ソリューションと始めた。当時の技術者は「ようやくプロジェクトが回り始めた」と振り返る。

 とはいえ本格的にプロジェクトを立て直すには、現行システムを担当するNTTデータの参画が必要なのは明らかだった。分割発注に基づくアプリケーション開発をNTTデータが落札すれば、現行業務の把握など懸念のいくつかを解消できると見込んだ。

 そんな矢先の2010年6月、プロジェクトに激震が走る。NTTデータや日立製作所、東芝ソリューションが特許庁職員にタクシー券などの利益供与をしたことが明らかになったのだ。NTTデータ社員と特許庁の職員は逮捕された。A職員も入札前の情報を東芝ソリューションに提供していた事実が認められ、プロジェクトを再び離れた。NTTデータには6カ月の指名停止処分が下った。

 2011年ごろには、プロジェクトはほとんど「開店休業」となっていた。参加している技術者同士、今の状況を聞くのはタブーだった。要員は500人に縮小され、早く帰宅する技術者も増えた。プロジェクトの破綻は明らかだった。だが「開発中止」を認定・判断するプロセスがなかった。

 苦肉の策として持ち出されたのが、贈収賄事件を機に2010年6月に発足した調査委員会だった。同委員会をベースとした技術検証委員会は2012年1月に「開発終了時期が見通せない」とする報告書を公開。この報告書を根拠に、枝野幸男経済産業大臣(当時)がプロジェクトの中止を表明した。プロジェクト開始から5年が経過していた。

 その後、会計検査院は2011年度決算検査報告で、特許庁の支出である約54億5100万円を、無駄な支出である「不当事項」と認定した。開発が失敗した原因として、特許庁が「発注者として必要なプロジェクトの管理を十分に行っていなかったこと」などを挙げている。