R&D(研究開発)領域のDX(デジタルトランスフォーメーション)を考えた時、究極的には開発の完全バーチャル化が一つの目標だろう。しかし、開発現場というのは、改善に改善を重ねて進化してきた世界であり、トランスフォーメーションとは対極の「カルチャー」の持ち主だ。そんなカルチャーも加味し、今取り組むべきDXについて考察する。
自動車変革期における商品性の再定義
筆者の知る開発現場の共通点は、「商品性」の高い製品を作り出すことに日々奮闘していることである。商品性こそ、最も大切にしてきたものであり、大切なものであり続けるだろう。しかし、その定義は変化し続ける。
自動車の歴史とこれまでの商品性推移
自動車の歴史は1769年にニコラ・ジョセフ・キュニョー氏が蒸気エンジン車を発明したところから始まり、長らく馬車との争いが続いた(図1)。その後、約100年の時を経て電気自動車が誕生し、1886年、ガソリンエンジン車が誕生する。自動車はまだ奇異な存在だった時代である。1908年に登場したT型フォードから一般大衆への普及が進み、自動車レースが始まるとスピード争いの時代に突入する。比較対象が汽車に変わり、汽車より早く確実に目的地に着くことが自動車の商品性となっていく。
1980年代頃からデジタル技術(ECU:電子制御ユニット)が自動車の商品性に本格的に寄与し始め、機械式キャブレターがEFI(電子制御燃料噴射装置)になり、自動変速機が電子制御となる。2000年代に入ると、車両ダイナミクス制御、IVI(車載情報システム)などのデジタル主体の機能が商品性の一定のポジションを築いていく。かつては、パッシブセーフティーの評価であった「IIHS TOP SAFETY PICKs」*1のクライテリアにおいて、アクティブセーフティー項目が年々拡大し、デジタル技術を多用した安全機能がユーザー認知を得ていく。
そして、自動車の商品性は車両に閉じなくなり、「車両+コネクトされる世界」で作り上げられるものとなった。近年の「J.D. Power IQS」*2ではBluetooth接続品質が上位項目に上がり、スマホ連携がユーザー目線の重要機能に位置付けられ、コネクティビティー要因で車両ローンチを先延ばしする自動車メーカーが出てくるなど、コネクティビティーは商品性を左右する重要な要素となった。長らく商品性の源はエンジニアリングとマテリアルであったが、テクノロジー(デジタル)が加わり、勢いを増している。
これからの商品性定義
自動車の商品性には「メーカーとしてのブランドアピールや提案」「ユーザー、市場や社会が求めるものへの回答」の大きく2つの側面がある。前者と後者のバランスで商品が企画されていくが、後者の「ユーザーが求めるもの」は、より密接になっていく。これまでも、地道に顧客の声を集め、マーケティング活動を行い、企画開発に反映し、ユーザーが求めている商品を提供してきたはずだが、さらなる密接性が必要だ。自動車業界に限った話ではないが、デジタルは作り手とユーザーの距離を縮めた。本連載でも触れてきているが、ユーザーオリエンテッドなモノ作りへシフトしているのだ(図2)。
顧客データというビッグデータを素早く車両・機能開発へ反映し、ユーザーニーズをタイムリーに満たしていくことが商品性に直結する。OTA(Over The Air)による機能アップデートを例にとっても、自動車より早くスマホに触れたデジタル世代のユーザーはスマホと同感覚のアップデートを期待する。毎月のようにOS(基本ソフト)をマイナーアップデートし、アプリは1週間で企画~配信を完結させる世界であり、そのスピードが1つの指標となる。また、一定数のユーザーが自動車の所有から利用へシフトし、車両の利用者となる。ユーザーが何を求めているかの答えが顧客データにあり、タイムリーな追従が商品性を左右する。