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 この記事は、リバネス代表取締役グループCEOの丸幸弘氏とフューチャリストの尾原和啓氏の著書を一部編集した日経ビジネスXのコラム「眠れる技術『ディープテック』を解き放て」にて2022年3月23日に掲載されたものを日経クロステックに転載しています。大学や研究機関で長期間かつ多額の費用をかけて研究開発された技術を基に、世の中の生活スタイルを大きく変えたり、社会の大きな課題を解決したりする技術「ディープテック(Deep Tech)」の潮流を解説します。

 ここからはまず、日本におけるディープテックの現状とその可能性について、スタートアップのケーススタディーを通じて見ていきたい。

 初めに紹介したいのが、「マグナス効果」という物理現象を利用し、プロペラのない発電機「垂直軸型マグナス式風力発電機」を開発したチャレナジー(東京・目黒)だ。

チャレナジーは、「電力」と「つながり」を提供

 風力発電は「環境負荷の少ない発電方法」として欧州を中心に導入が進んでいるが、日本国内ではさほど普及が進んでいない。理由は、日本の風土に適していないことにある。

 一般的な風力発電では、ブレードと呼ばれる大きな羽根を何枚か合わせたプロペラを風の力でゆっくりと回し、その回転の動力によって発電するわけだが、実は風向が乱れたり、台風のような暴風だと安定して発電できなくなったりするという欠点がある。四方を海に囲まれ、山が多い日本の場合、風が一定方向から安定して吹くロケーションは極めて限られることになる。日本が風力発電に向かないとされるのはこうした理由からだ。

 その点、「垂直軸型マグナス式風力発電機」は、理論上、どんな風速でも安定して発電することが可能であり、「垂直軸型」であるため風向の影響も受けないという。

 この「垂直軸型マグナス式風力発電機」が威力を発揮する場所、それは離島だとされている。理由は2つある。一つは、太陽光発電に対する風力発電の優位性だ。ソーラーパネルを設置するには広大な敷地が必要となるが、離島において平たんな土地は農作物の栽培が優先されるケースが多い。その点、接地面積が小さくて済む風力発電はほかの発電手段よりも優位と考えられている。

 もう一つが、一般的な風力発電が抱える弱点に対する優位性だ。ブレードを用いた従来の風力発電は、構造上プロペラが非常に薄くなっているため、強風で損壊してしまう可能性が否めない。しかし、垂直軸型マグナス式風力発電機の場合は、そもそもプロペラがないため、壊れるリスクは大幅に低下する。

 いま、「垂直軸型マグナス式風力発電機」はフィリピンで実証実験が進められている。フィリピンは発電コストが高く、日本の10倍程度という試算がある。フィリピンを構成する約7000の島のうち、住民がいる約2000の島の中には、発電コストを抑えるべく、昼間は未電化になるエリアもあるという。

 そうしたディープイシューの解決に、垂直軸型マグナス式風力発電機が威力を発揮すると考えられている。現実的な導入へ向けたコスト削減を掲げるチャレナジーは、部品を現地生産することも視野に入れているようだ。

 チャレナジーが供給するのは、実は電力だけではない。離島における通信ネットワークの不備を補うべく、衛星通信とWi-Fiを組み合わせたインターネット接続サービスの提供も検討を進めている。

 現状、台風によって通信基地局が破壊された場合、復旧までに数カ月かかり、その間、通信手段が途絶してしまう島も少なくないという。そうしたエリアに衛星通信とWi-Fiを提供することは、社会課題の解決にほかならないだろう。こうしたチャレナジーの試みに対し、資金と技術を提供している日本企業もある。

 東南アジアのディープイシューを解決し、日本のテックベンチャーを育て、企業としても東南アジア市場に入り込むことができるというこのエコシステムは、今後、日本の産業界が目指すべき一つの方向性ではないだろうか。さらに言うならば、「ものづくりの国」「知財立国」といわれつつ、この20年間旧態依然としてきた日本の産業界にとって、こうしたエコシステムは、最後に残された生存戦略かもしれない。