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 この記事は、リバネス代表取締役グループCEOの丸幸弘氏とフューチャリストの尾原和啓氏の著書を一部編集した日経ビジネスXのコラム「眠れる技術『ディープテック』を解き放て」にて2022年4月12日に掲載されたものを日経クロステックに転載しています。大学や研究機関で長期間かつ多額の費用をかけて研究開発された技術を基に、世の中の生活スタイルを大きく変えたり、社会の大きな課題を解決したりする技術「ディープテック(Deep Tech)」の潮流を解説します。

 常識や慣習を壊していくことは、イノベーションを起こすための重要なトリガーとなるが、サステナブルグロース(持続的な成長)の観点からも、従来の常識を疑ってみることは必要だ。

 例えば、ネジが要らなくなったらどうなるだろうか。普通は、鉄とプラスチックは接合しない。だからこそドリルで穴を開け、ネジとネジ山を作って接合している。しかしネジは、長期的に見れば必ず緩む。まして、わざわざボディーに穴を開けるのは、「長く使う」という観点からすると避けたいところだ。

 そこで注目を集めるのが、異種接合技術である。鉄とプラスチックの場合だと、表面を水素結合するように加工することで、異種結合が起こる。つまり、鉄とプラスチックを接合するのに、既にネジは必要ないのだ。だが、この技術が急速に普及することはないだろう。業界構造の急激な変化は好まれないからだ。

 例えば、大型ジェット機には多くのネジが使用されており、ネジの緩みを察知すべく、定期的な点検が不可欠になっている。そもそも大型ジェット機の場合、一定のフライト回数に達すると、すべてのネジを取り換えることが義務付けられている。つまり定期的に、ネジメーカーに大量のオーダーが入るわけだ。大型ジェット機メーカーにしても、コスト面や安全面から見て現状に問題がなければ、あえて新技術へと刷新することをリスクと捉えるかもしれない。

 鉄とプラスチックを異種接合する技術を持つのは日本の化学系スタートアップだが、現時点で彼らの画期的な技術は、既にエコシステムが形成されている現在のビジネスの中には入り込めず、まだ厳格なルールが存在しない新領域であるドローンに用いられることになっている。

 これと似た事例で知られているのがLED(発光ダイオード)電球だ。ある企業は、他社に先んじてLED電球の開発に成功したものの、既存のビジネスにより、蛍光灯の在庫を大量に有していた。そのため、導入をためらい、他社の参入で市場がLED電球に傾きかけたところで、ようやく舵(かじ)を切ることとなった。いまや電球はサブスクリプションモデルになりやすいため、もしこの企業が早々に蛍光灯に見切りをつけ、LED電球のサブスクリプションモデルを打ち立てていれば、市場を独占していた可能性があったといわれている。

既存技術の組み合わせで解決できる課題

 業界の慣習や、成功している企業が抱えるジレンマを突破することは至難の業だが、モデルとなる事例を挙げてみたい。

 最初に紹介するのは、あるケミカル系の会社の事例だ。この会社は、様々なコーティング剤を開発しているが、その中に生体にも安全なコーティング剤が存在する。

 この技術を使って、犬や猫に撥水(はっすい)コートをするアイデアがある。それこそ東南アジアにはスコールがあり、ずぶぬれになった犬や猫を拭くのは一苦労だ。

 そこに、生体にも安全な動物用撥水コーティング剤があれば、需要は少なからずあるはずだ。これは「ローカル」を知っているからこその発想で、マーケティングからは絶対に生まれてこないアイデアと言えるだろう。

 「いままで培ってきた技術をどう新たに使うのか」という意味では、プリンターメーカーのケースも挙げられる。プリンターとはノズルの技術であり、微細なグラデーションを作れるその技術に、マテリアルの技術を組み合わせて誕生したのが3Dプリンターだ。

 3Dプリンターは確かに革新的だったが、「光を当てると固まる」という光硬化樹脂も以前から存在していたわけで、2つの古い技術を掛け合わせたものだとも捉えられる。スマートフォンが従来の技術を組み合わせて生まれたプロダクトであることと似ている。