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切断された神経回路を新たに構築

 デバイスを介して脳と外部の装置をつなぐ研究がある一方で、脳と脊髄や筋肉の間をデバイスでつないで人工的な神経回路を構築する別のアプローチもある。脳梗塞や脊髄損傷などで切断された神経系を、電極やデバイスなどからなる「人工神経接続システム」でつなぎ、リハビリに応用するための研究が進む。

人工神経接続システムを構成する小型デバイスの一例
人工神経接続システムを構成する小型デバイスの一例
(出所:東京都医学総合研究所)
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 人工神経接続システムは脳などの電気信号を受け取り、その信号を脊髄や筋肉などの別の神経系に刺激として伝える役割を担う。それぞれの神経系に埋め込む電極と、電気信号を受けたり伝えたりする20mm×35mm×55mmほどの小型デバイス、電極と小型デバイスをつなぐワイヤから構成される。小型デバイスは、信号を増幅させるためのアンプ、CPU、電気刺激を実施するシステム、充電式バッテリーを搭載している。

 人工神経接続システムを開発した東京都医学総合研究所脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダーは、脊髄損傷や脳梗塞を発症させた実験用のモデル動物に同システムを利用することで、まひで全く動かせなかった腕を動物自身の意思で動かせるようになったことを確認した。

 脳梗塞モデル動物で実施した実験では、脳の表面にシート状の電極を置き、脳の運動野の中で腕の動きをつかさどる領域と、まひした腕の筋肉を人工神経接続システムでつなげた。するとモデル動物は試行錯誤を繰り返すうちに10分程度で自分の意思で腕を動かせるまで回復した。通常、脳梗塞からの機能回復は1カ月以上かかることが多いため、非常に短期間でリハビリの効果が表れたことになる。

 また人工神経接続システムを活用すれば、ある脳領域に本来は担当していなかった機能を新しく追加できることも分かった。腕ではなく肩の動きをつかさどるモデル動物の脳領域と、まひした腕の筋肉を人工神経接続システムでつないでも、試行錯誤の後にモデル動物はまひの腕を動かせるようになった。「人工神経接続システムは脳領域に新しい役割を与えられるということだ。脳卒中によって脳の一部が損傷しても、人工神経接続システムを介して損傷されずに残存している脳領域と腕や足などをつなぐことで、再び動かせる可能性がみえてきた」と西村プロジェクトリーダーは話す。

 人工神経接続システムは自分自身だけではなく、自分と他人の神経系をつなぐことも技術的には可能だ。自分が他人の動きに追随して、腕を持ち上げるなどの動作を実施できる。「実用化の応用先は慎重に考える必要があるが、例えば理学療法士と患者をつないで体の動きを支援する方法にも使えるかもしれない」(西村プロジェクトリーダー)。今後研究が進めば、デバイスを活用して新しい神経回路を構築して体を動かせるようになるほか、理学療法士の動きを簡単にまねできる新しいリハビリ方法が確立される可能性がある。

健康な人への応用も視野に

 他にも日本では、長年脳科学の研究を手掛けてきた藤井直敬氏が率いるハコスコ(東京・渋谷)が、シート型の電極を活用した低侵襲型のBMIの研究開発を手掛けている。まずは年内にも動物実験用のプロトタイプのシート型の電極を作成し、将来的にはALSや脊髄損傷などの患者を対象に開発を進める方針だ。

 脳活動を計測する埋め込み型のデバイスは米国の開発が先行しているようにみえる状況だが、日本でも実用化に向けた低侵襲型BMIの研究が着々と進んでいる。「将来的に技術開発が進み、例えば⽪膚の下に⼩型のデバイスをピアスのように簡易に埋め込めるようになれば、デバイスを埋め込むという心理的ハードルがずいぶん下がるだろう。そうなれば患者だけではなく、健康な人への応用に向けた研究も視野に入ってくる」と藤井氏は展望する。