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『100兆円の巨大市場、激変 プロップテックの衝撃』(日経BP)
『100兆円の巨大市場、激変 プロップテックの衝撃』(日経BP)

 「プロップテック(PropTech)」は、土地や建物(Property)の活用に、ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)、VR(仮想現実)/AR(拡張現実)などの最新技術(Technology)を導入し、業務を効率化したり利便性の高いサービスや製品を生み出したりする取り組みを意味する。フィンテック(Fintech)不動産版とも呼ばれ、その市場規模は実に100兆円と目される「最後の金脈」だ。さまざまな産業が通った道と同様に、デジタルの導入は不動産事業の世界を変えつつある。『100兆円の巨大市場、激変 プロップテックの衝撃』(日経BP)の著者がプロップテックの具体例を紹介していく本連載、第1回は家電家具付き物件の賃貸サービスの可能性を取り上げる。(構成:小林由美=facet)

 家電や家具付き物件の賃貸サービス「OYO LIFE」をご存じでしょうか。インドのホテル運営ベンチャー傘下のOYO Japan(東京・千代田)が2019年3月から運営していましたが、2021年6月1日付けで太陽光発電事業などを手掛ける霞ヶ関キャピタル傘下の新会社であるKC Technologiesに事業売却されました。OYO LIFEは「旅するように暮らす」をコンセプトに、家電や家具が備わった物件を敷金や礼金、仲介手数料を支払うことなく借りられる賃貸サービスで、支払いや契約といった手続きの一切がスマートフォンからオンラインで行えることが特色です。一般的な賃貸契約と同じような長期利用と、家電や家具が設置された部屋で短期利用かつ光熱費込みの契約を用意していました。

 私自身が「賃貸派」ですので、OYO LIFEが始まった時にとても面白いビジネスだと感じました。一人暮らしをスタートする人や新たなに家庭を持つ人の多くは「賃貸」を選びます。誰もが通る道とも言えるわけです。昨年からのコロナ禍でリモート勤務が増えたことで、地方移住を検討する人も増えています。むしろ需要はこれから確実に伸びそうなのに、OYO Japanはなぜ今回、この事業を手放すことになったのでしょうか。

桜井 駿(さくらい・しゅん)
桜井 駿(さくらい・しゅん)
デジタルベースキャピタル 代表パートナー。みずほ証券、NTTデータ経営研究所を経て、2019 年にデジタルベースキャピタルを設立。規制産業領域であるPropTech、Fintechのスタートアップ投資・育成、大手企業向けのデジタル戦略、DXに関するコンサルティングを行う。不動産・建設領域のスタートアップコミュニティ「PropTech JAPAN」の設立や、一般社団法人Fintech協会事務局長、経済産業省新公共サービス検討会委員などを歴任。著書に、『決定版 FintTech』(東洋経済新報社、共著)、『知識ゼロからのフィンテック入門』(幻冬舎)、『超図解ブロックチェーン入門』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。(写真:栗原克己)
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事業売却の背景に不動産業界特有の難しさ

 OYO LIFEの事業が思ったようには進まなかった理由の1つはまず、不動産業界特有の「プレーヤー」の難易度がありそうです。不動産業界、特に今回舞台となった賃貸領域では、「大家(物件を保有しているひと)」と「住人(物件を借りるひと)」という利害が相反する「顧客」双方に、価値を提供して利益を上げなければなりません。

 今回の場合、OYO LIFEは物件を大家から借り上げて、付加価値をつけた上で消費者となる住人に貸し出します。その時、大家は少しでも長く高い家賃で住み続けてもらいたい、住人はなるべく安い家賃で、入居も退去も都合のいいタイミングで簡単に行いたい、という利害が相反する二者の間に立つことになります。大家には好条件での借り上げを、住人には手続きの手軽さ、家具など必要備品がすべて込みとなっているわかりやすい料金設計、というそれぞれの価値を提供して参入したのがOYO LIFEでした。

 一般的なビジネスは、自社にとっての「顧客、エンドユーザー」の課題解決を提供して収益を得ますが、不動産の仲介業務は顧客が1種類ではない点が難しい。エンドユーザーのみの満足度を高めるのではなく、大家と住人それぞれの満足度を高めることはそう簡単ではありません。プレーヤーの多さ、取引への関与の複雑さは、多くの起業家が不動産業界でチャレンジする時の壁の1つになっています。