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 「製造強国」「自動車強国」「スマートカー強国」「交通強国」「知財強国」などの戦略を打ち出している中国。この国家戦略の一翼を担うのが、自動車産業のCASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electricの頭文字)革命だ。中国は、電動化シフト、スマートカーの開発、スマートシティーの構築の3つのステップで、モビリティー社会を推進。そこでは既存の自動車メーカーに加え、バイドゥ(百度)、ファーウェイ(華為技術)などの中国IT企業が参入し、激しい競争を繰り広げている。リアルな現場情報に基づいて自動車ビジネスの最前線を描いた『中国のCASE革命』(日本経済新聞出版)の著者が、IT・テック企業が自動車ビジネスでどのような役割を果たしているのかを、同書より抜粋・再構成して解説する。(書籍デジタル編集部)

 100年に一度の変革を迎えている自動車産業。変革の柱であるCASE(Connected、Autonomous、Shared & Service、Electricの頭文字)革命は、内燃機関車を中心とするサプライチェーンを消滅させてしまうほどの破壊的イノベーションである。違うコンセプトでルールチェンジされた、新たな競争の口火が切られたのである。インターネット検索中国最大手のバイドゥ(百度)、スマートフォン大手の中国シャオミ(小米科技)もEV(電気自動車)生産に参入した。中国の大手テック企業の参戦により世界の自動車業界で本格的な地殻変動が始まり、未来の自動車産業の輪郭がいよいよ見え始めた。

テック企業の参入で、クルマは「スマホ化」する

バイドゥは自動運転車向けのソフトウェアプロジェクト「アポロ計画」を発表
バイドゥは自動運転車向けのソフトウェアプロジェクト「アポロ計画」を発表
2021年上海モーターショー(撮影:筆者)
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 中国ではIT・家電業界の大手各社がEV生産及び自動運転関連事業に続々と参入している。自動車のIT化が進むなか、5G(第5世代移動通信システム)やIoT(Internet of Things)などの技術との親和性が高いハイテク各社は現在の流れを商機と捉えており、中国における電動化や自動運転をめぐる競争が激しさを増している。

 2020年1月11日、 バイドゥは、中国民営自動車大手のジーリー(吉利汽車)と合弁によるEV生産を発表した。バイドゥは吉利のEV専用のプラットフォームを利用し、IT・通信技術や人工知能(AI)を活用して自動運転やドライバーの利便性向上を実現する「スマートカー」の研究開発、製造・販売を行い、独自ブランドのEVを投入する予定である。一方の吉利はバイドゥからITソフトウエア技術の獲得・吸収を図る。両社は提携によって中国製EVのグローバル展開に向け、新たな一歩を踏み出したと言えよう。

 シャオミは2021年3月末に、EV事業を手掛ける子会社を設立し、3年以内に量産車を投入するという意気込みを示した。同じくスマートフォン大手の中国OPPO(オッポ、広東欧珀移動通信)もEVサプライチェーン、自動運転技術の開発などに着手している。EVシフトに伴うクルマ製造アーキテクチャーが変化するなか、中国ファーウェイ(華為技術)や米アップルをはじめ、スマホメーカー各社がEV業界に参入することにより、クルマのスマホ化への動きも加速すると思われる。

 中国の大手テレビメーカー、スカイワースグループ(創維集団)は2021年4月、「創維汽車」を設立し、EV市場に参入した。白物家電大手のミデア(美的集団)は2021年5月、NEV(新エネルギー車)向け部品分野に参入し、傘下企業で駆動モーター関連部品の生産を開始した。主力の家電事業が伸び悩むなかで、上記2社はEV事業を新たな成長の柱にしようとしている。

 また、ドローン(小型無人機)世界大手のDJI(大疆創新科技)は、2021年4月にスマート運転事業(自動運転技術を含む)を手掛ける新ブランド「大疆車載」を立ち上げ、センサー技術を活用するスマート運転システム及び基幹部品、レベル4自動車運転車両に対応するソフトウエア・ハードウエアの開発に取り組んでいる。コンピューターセキュリティーソフト大手のチーフーサンロクマル(奇虎360科技)は2021年5月、EVブランド「NETA」を展開する浙江合衆新能源汽車に出資し、EV事業に乗り出した。

新興EV御三家の躍進

新興EVの代表格であるNIO(上海蔚来汽車)の新型EV「et7」
新興EVの代表格であるNIO(上海蔚来汽車)の新型EV「et7」
2021年上海モーターショー(撮影:筆者)
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 新興EVの代表格であるNIO(上海蔚来汽車)、シャオペンモータース(小鵬汽車)、リ・オート(理想汽車)は3社そろって米国で上場し、異業種からEV生産に参入したメーカーのなかで頭ひとつ抜けた存在となっている。

 これらの新興EVメーカーはいずれも、中国政府のEVシフトを追い風にIT企業を母体に誕生した。2014年、自動車情報サイトの「易車」 の創業者・李斌がNIOを上海で設立し、モバイルブラウザーを手がけていたUCウェブ(UC優視)の創業者・何小鵬は、広州でシャオペンを設立した。現在のリ・オートも2015年、自動車情報サイト「汽車之家」の創業者・李想が北京で設立した「車和家」が始まりである。同様に2014年から2018年までの5年間にQIANTU(前途汽車)、奇点汽車、BYTON、零跑汽車など多くの新興EVメーカーが創業した。

自動運転機能を備えるシャオペンモータース(小鵬汽車)のEV新車
自動運転機能を備えるシャオペンモータース(小鵬汽車)のEV新車
2021年上海モーターショー(撮影:筆者)
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 一方、中国政府は2019年6月からEV補助金を大幅に減らしており、さらに外資系メーカーや大手国有自動車メーカーのEV参入が加わって、市場競争は激しくなっている。新興EVメーカーでも明暗が分かれており、2020年の販売台数ではNIOが4万3728台で新興EVメーカーの首位を維持。2位のリ・オート(3万2624台)、3位のシャオペン(2万7041台)という順位で、IT企業から参入した3社は新興EVメーカーの上位を占めている。

 スマホのようにITを活用し、運転・駐車・娯楽などの機能を使いやすくしたスマートカーの出現により、上記3社は大手自動車メーカーとも競い合えるという自信を得た。今後、さらに魅力的な価値を消費者に示すことができれば、新興EVメーカーは大手自動車メーカーを一気に突き離すかもしれない。

水平分業がCASE時代の自動車業界で主流になるか

 IT系など異業種企業はこれまで、内燃機関車を中心とする自動車業界に参入しても勝算はなかった。しかし他方で、業界のトレンドや消費者ニーズの変化を察知したIT系企業の経営者は、自動車産業や社会の未来図を想像してそれぞれのビジョンを描いたのである。これまで自動車産業の頂点に君臨してきたメーカーでさえ、既存の内燃機関車技術だけでは業界の変化をコントロールできなくなり、到来するCASE革命の荒波を乗り越えるのは困難である現実を見て取ったのだ。

 エレクトロニクス製品に比べ、クルマは安全面で非常に高い水準が求められ、特にパワートレイン等については十分な技術のすり合わせが必要となる。これには垂直統合型の業界構造が重要な役割を果たしており、エレクトロニクス分野で主流となる水平分業型の業界構造への移行は簡単ではない。

 一方、部品点数がガソリン車の約3分の1とされるEVは、電池、モーター、制御システム、ソフトウエアなどについては、必要なパーツを調達し、組み合わせることで、比較的簡単に生産可能になる。こうした製品構造上の特徴によって、複数の企業やグループが分業して生産を担う水平分業が可能である。

 また基幹部品の多くが電子部品であるEVでは、従来の「ケイレツ」サプライヤー以外の企業にも参入の余地が生まれてくる。そして「水平分業化」が進行すれば、新規参入による競争激化や低価格化など、エレクトロニクス産業が直面した事態がEV産業においても起こりうる。

 特に車載電子機器分野ではコモディティー化が進むと同時に、業界を寡占する電子部品メーカーが多く、水平分業型の業界構造が構築されている。参入障壁が下がったことにより、本腰を入れてEVを生産する大手テック企業が部品調達から生産までのコストダウンを目指し、価格競争力を高めようとしている。

 開発に特化し、生産の外部委託、オンライン・オフラインのダイレクト販売などを特徴とする異業種企業のEVビジネスは、既存メーカーとはまったく異なる。分業が広がれば部品の低価格化などが進み、「規模の利益」を享受できるようになる。また開発に資金を集中できるため、少量生産の個性的な車も生み出しやすい。大手メーカーが手掛けにくいニューアイデアやヒット商品が生まれる可能性もある。今後、異業種各社から巨額資金がEV分野に投下され、電動化、コネクテッド、自動運転など技術の進化が一層加速すると予測される。

 水平分業がCASE時代の自動車業界で主流になれば、車両の製造コストは低減するはずだ。こうした潮流のなか、既存の自動車メーカーは、どのようにして優位性を構築して差別化を図るかが問われている。(終わり)

湯進(たん・じん)
みずほ銀行法人推進部 主任研究員
湯進(たん・じん) 2008年みずほ銀行入行。自動車・エレクトロニクス産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を経て、中国自動車メーカーや当局とのネットワークを活用した日系自動車関連の中国事業を支援。現場主義を掲げる産業エコノミストとして中国自動車産業の生の情報を継続的に発信。みずほ銀行法人推進部 主任研究員、専修大学社会科学研究所客員研究員、上海工程技術大学客員教授。主な著書に『中国のCASE革命 2035年のモビリティ未来図』(日本経済新聞出版、 2021年)、『2030 中国自動車強国への戦略 世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』(日本経済新聞出版社、 2019年)がある。(本論考はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
中国のCASE革命 2035年のモビリティ未来図
著者●湯進/定価●2200円(税込み)/発行●日本経済新聞出版/判型●四六判256ページ/ISBN 978-4-532-32404-9
著者●湯進/定価●2200円(税込み)/発行●日本経済新聞出版/判型●四六判256ページ/ISBN 978-4-532-32404-9

中国は、2035年に近代化国家の形成をめざし、スマートカーの発展、スマート交通の実現、スマートシティーの構築など、3つのステージに分けて国家戦略を推進しています。本書は中国版のCASEやMaaS(Mobility as a Service)を軸とし、5Gとニューインフラ、スマートファクトリーとAIの推進など、様々な角度から中国のモビリティー革命を描き、日系企業の対応を議論します。筆者の前著『2030 中国自動車強国への戦略』はアナリストや研究者も立ち入りにくい中国自動車産業の現場情報を盛り込むことで高く評価されています。日中の自動車メーカー、サプライヤー、電池・材料メーカー等、直近3年間で約300社にのぼる訪問を重ねてきた中国自動車界を知り抜いた著者による情報満載の本です。