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アップル、グーグル、アマゾン…。デジタルの覇権を握る巨大企業たちがついに自動車産業に参入してきた。これにより、車そのものが、そして自動車産業が大きく変わろうとしている。100年に1度といわれる変革期を迎える自動車産業の動きを日本経済新聞と日経クロステックの合同取材班が総力をあげて取材してまとめた『Apple Car デジタル覇者vs自動車巨人』(日経BP)を、自動車産業を中心に製造業の新事業支援などを手掛けるコンサルタント きづきアーキテクト 長島聡代表取締役に書評いただいた。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)

 自動車産業「解体」、壊れる自動車業界、これまでの自動車の価値の全否定、車は「物価の劣等生」――。冒頭から切迫した状況を表す言葉が数多く並んでいる。「CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)」という大変革の真っただ中、死ぬか生きるかの戦いに挑戦している自動車メーカー、新たなモビリティー産業の覇者の地位を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている巨大IT企業。本書は、こうしたプレーヤーのせめぎ合いを、取材やインタビューで集めた豊富なファクトに基づいて詳細に記述している。「CASE」時代の競争環境を、冷静に俯瞰(ふかん)・把握するための材料として、とても有用だ。自社が実現すべき構想、自社の取るべき戦略を再考するきっかけとしてぜひ活用してほしいと思う。

すべては新価値創出が起点

 本書には、幾つものキーワードが出てくるが、オーバー・ジ・エア(OTA)は最も存在感のあるキーワードだ。遠隔操作でソフトを更新し、性能を向上する機能のことである。これまでとは異なり、買った時点の自動車の性能を、利用している間に次第に上げていける。既に、米テスラ(Tesla)が量産車に投入している技術で、走行性能や自動運転性能の強化、車内の子供の置き去りのモニタリング、オーナーの誕生日を祝うサプライズなど多数の機能が追加されてきた。搭載済みのハードの組み合わせで演出できる新たなシーン(顧客への価値)の構想さえあれば、いつでもそれを販売済みの車両に追加できる。これからはモビリティーを活用して生み出す顧客価値の構想が競争力の源泉になるのは間違いないだろう。

 「中央集権型」の統合ECU(電子制御ユニット)も大きなテーマだ。これは現在数10個から100個あると言われるECUの数を単に効率化したいということでは全くない。テスラが統合ECUに舵(かじ)を切ったのは、消費者が求める自動運転やコネクテッドカーのニーズをいち早く察知し、その要求を満足させられる車両システムを作り上げたかったからだ。OTAを高頻度かつスムーズに行うために統合ECUが必要と考えたのである。

モデル3が搭載する統合電子制御ユニット(ECU)「HW3.0」。2枚の基板を搭載する。1枚は独自開発した人工知能(AI)チップを実装する自動運転用で、もう1枚はインフォテインメントシステムなどを制御するミディアム・コントロール・ユニット(MCU)。
モデル3が搭載する統合電子制御ユニット(ECU)「HW3.0」。2枚の基板を搭載する。1枚は独自開発した人工知能(AI)チップを実装する自動運転用で、もう1枚はインフォテインメントシステムなどを制御するミディアム・コントロール・ユニット(MCU)。
(写真:日経Automotive)
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 ビークル基本ソフト(OS)も同様に、新たな顧客価値の創出には不可欠なものとなっている。テスラのみならず、トヨタ自動車、独フォルクスワーゲン(Volkswagen、VW)、独ダイムラー(Daimler)など既存メーカーが最も注力している領域だ。米アップル(Apple)のソフトウエア基盤「iOS」のようなビークルOSをつくることで、世界中の開発者がそのビークルOS向けにソフトを開発できるようになる。ビークルOSにはハードウエアを抽象化して、ECU上でソフトとハードを分離する機能もある。これによりハードへのしがらみがなくなり、ソフトとハードの分業開発が可能となるのだ。自動車メーカー1社で準備できる顧客価値とは比べものにならないくらいのたくさんの価値を、スピーディーに生み出せる潜在力を獲得できるだろう。

 センサーなどにも同様の思想が込められている。テスラでは、前方監視モジュールに画像処理のチップが搭載されていない。統合ECUで画像処理を行うのだ。それにより、車両に搭載するカメラの数を容易に増やせる上、その際、画像処理チップを追加する必要もない。カメラ自体も相補型金属酸化膜半導体(CMOS)イメージセンサーとレンズのみの小型モジュールになり、搭載の自由度も高い。間違いなくカメラの数などを増やすことで生み出せる新たな顧客価値の構想を温めているのだろう。リアルタイム性の担保など解くべき課題もあるが、挑戦すべきアプローチだと思う。トヨタ自動車などが行っている「後からハードを足せるようにしておく」というハードのサブスクリプションといったアプローチも効果を発揮するかもしれない。