
アップル、グーグル、アマゾン…。デジタルの覇権を握る巨大企業たちの自動車産業への参入が秒読み段階に入った。その象徴となるのがスマホの雄である米アップルが生産を準備中と言われる「Apple Car」だ。デジタル覇者の参入により、クルマはこれまでとは別次元の価値を提供する存在に変わり、完成車メーカーは「解体」を迫られる。技術ジャーナリストの鶴原吉郎氏が、自動車の未来を読み解く。2021年8月19日発売の書籍『Apple Car デジタル覇者vs自動車巨人』から一部を抜粋して紹介する。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)
「自動車業界は100年に1度の大変革の時代に入った。次の100年も自動車メーカーがモビリティー社会の主役を張れる保証はどこにもない。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている――」。トヨタ自動車社長の豊田章男氏が厳しい言葉で危機感をあらわにしたのは2017年11月のことだった。それから4年、コロナ禍の中で世界の自動車業界の変化は急加速している。
2020年から21年前半にかけて起こった出来事だけを見ても「米テスラ(Tesla)がトヨタ自動車を抜き、時価総額で世界最大の自動車メーカーに」「世界最大のEMS(電子機器製造受託サービス)企業である台湾・鴻海精密工業が電気自動車(EV)プラットフォーム事業に参入を表明」「20年に欧州自動車市場で新車販売に占めるEV+プラグインハイブリッド車(PHEV)の比率が10%以上に」「ホンダが40年までに新車をすべてEV、燃料電池車(FCV)にすると発表」など枚挙にいとまがない。
世界の自動車産業を覆う大変化は、独ダイムラー(Daimler)社が唱え始めた「CASE」というキーワードに集約される。いうまでもなくCASEは「コネクテッド(Connected)」「自動運転(Autonomous)」「シェア&サービス(Shared & Services)」「電動化(Electric)」の頭文字をまとめたもので、いまや世界の自動車メーカーが変化の代名詞としてこの言葉を使うようになった。
CASEの背後にある3者の思惑
CASEがなぜ100年に1度の変革を象徴するキーワードなのか。それはCASEがこれまでの自動車の価値を「全否定」するものだからだ。Cのコネクテッドは「つながる」ということだが、これまでの車は外部から隔絶されたプライベートな空間であること、すなわち「つながっていないこと」が価値だったのに対し、コネクテッド機能は「つながる」ことこそが価値だと主張する。Aのオートノマスは自動運転を指すが、これまで完成車メーカーは一貫して「運転する楽しさ」を追求してきた。ところが自動運転では、その価値の源泉である「運転そのもの」がなくなってしまう。
Sはシェア&サービスを意味するが、これまでの車はずっと「所有することの喜び、価値」を追求してきた。ところが「MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)」、すなわち「サービスとしてのモビリティー」の台頭は、車は所有せず利用した方がずっと便利になるという可能性を示している。そして最後のE、すなわち電動化では「エンジンをなくす」ことが究極の目標となっている。ところがエンジンこそは、まさに自動車の象徴であり、エンジンの生み出すパワーや振動、サウンドなどがそれぞれの完成車メーカーの個性を生み出し、価値を生み出してきた。
つまり、ここまで見てきたようにCASEという「うねり」は、これまで完成車メーカー各社が追求してきた価値をすべて否定する動きであり、だからこそ、多くの既存の完成車メーカーは、次にどういう価値を追求したらいいのか戸惑いを感じている。ではなぜ既存の完成車メーカーが本音では望んでいないCASEという大波が襲ってきたのだろうか。それには3つの要因がある。(1)欧州の思惑、(2)中国の思惑、そして(3)IT企業の思惑――である。以下、順に見ていこう。