
巨大IT企業が参入する自動車産業の未来を読み解く第3回。IT企業が考える将来のモビリティーは、「いつでも」「どこでも」使える車。その代表的なものが、「自動運転タクシー」だ。そして、この自動運転タクシーはCASE(コネクテッド、自動運転、シェア&サービス、電動化)の究極の姿といえる。 2021年8月19日発売の書籍『Apple Car デジタル覇者vs自動車巨人』から一部を抜粋して紹介する。(技術メディアユニットクロスメディア編集部)
既に、自動運転タクシーは現実になりつつある。先に紹介した米グーグル(Google)傘下の米ウェイモ(Waymo)は米アリゾナ州フェニックスで、自動運転車を使った商業移動サービス「ウェイモ・ワン(Waymo One)」を開始している。当初は限定されたユーザーのみが利用でき、安全確保のためのオペレーターが車内に同乗していた。しかし2020年10月には限定されたユーザーだけではなく、誰でもウェイモの車両を呼び出すアプリを利用できるようになった。オペレーターが同乗しない車両も走り始めており、近い将来、すべての運行車両が完全自動運転になる予定だ。
自動運転タクシーの商業化を目指すのはウェイモだけではない。中国の百度(バイドゥ)は現在、北京、滄州、長沙の3都市で自動運転タクシーを使った移動サービスを試験的に提供している。安全のため運転席にドライバーは座っているが運転操作はしない。ウェイモやバイドゥのほかにも世界で多くの企業が自動運転タクシーの実用化を目指している。
完成車メーカーと部品メーカーの垣根がなくなる
こうしたIT企業の自動車産業への参入は、大きな地殻変動を起こしつつある。20年11月、世界最大のEMS(電子機器製造受託サービス)企業である台湾・鴻海精密工業は、電気自動車(EV)向けプラットフォーム「MIH」を発表した。「iPhone」の製造などで知られる鴻海が自動車分野に興味を示していることはかねて伝えられていたが、いよいよそれが現実になった。MIHの狙いは、新たな移動サービスのアイデアはあっても車両製造のノウハウのないIT企業や、自力でEVを開発する能力に乏しい小規模の完成車メーカーがEV市場に参入できるようにすることだ。
EVプラットフォームを手がける新規参入企業は鴻海だけではない。EV用のモーターやインバーターの製造・販売を手がける日本電産も、25年にEVプラットフォームに参入することを表明している。こうした動きに、既存の自動車産業も対抗する姿勢を見せる。トヨタ自動車はEVプラットフォームの「e-TNGA」をスズキ、ダイハツ工業、スバルといった関連会社を巻き込んで共同開発しているほか、独フォルクスワーゲン(Volkswagen、VW)は米フォード・モーター(Ford Motor)にEVプラットフォーム「MEB」を供給することを表明している。米テスラ(Tesla)も「ソフトウエアやパワートレーン、電池を他社に供給する用意がある」と表明しており、将来はEVプラットフォームの供給に踏み切る可能性が取り沙汰されている。
つまり、エンジン車からEVへという大変革期をとらえ、新規参入企業、完成車メーカー、部品メーカーが三つ巴になって、EVプラットフォーム供給という新しいビジネスで覇を競い始めているのだ。多くの企業へEVプラットフォームを供給する企業は量産効果によってコスト競争力を強め、寡占化を進める可能性がある。これまで完成車メーカーは車の開発、製造から販売網の構築までを一貫して手掛けてきた。しかし、EVプラットフォームを供給する巨大企業が出現すれば、完成車メーカーは企画・開発と製造の分離という「解体」を迫られる可能性がある。