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 あまり表に出ることはないが、デジタルビジネスの闘いは契約交渉面でも激烈である。欧米企業は「取引データはすべて自社に帰属する」などという自社に有利な条項を盛り込んで同意を迫り、日本企業は抵抗しきれずにこれを受け入れてしまっている。そんな現場を幾度となく見てきた弁護士の中崎隆氏は、「こんな不利な契約を締結し、今後どうやって欧米企業と闘うのか」との危機感を抱き、仲間と共に『データ戦略と法律 攻めのビジネスQ&A』(改訂版2021年8月発行)を執筆した。日本の経営者やデータ事業の責任者が、法務の観点で欧米企業に負けずに闘えるようにとの思いを込めて法務の知識やノウハウをまとめた(聞き手=松山貴之)

中崎先生は4年間ヤフーの広告・データ事業法務部門の責任者をなされた後、今は独立して、海外のトップ企業との契約交渉に携わっていらっしゃいます。デジタルビジネスに詳しい法律の専門家として、現在の日本企業のデータ戦略をどのように見ていますか?

 「そんな条項をのんでしまったら、将来、絶対後悔する」と現場の法務担当者が思っているような条項を、経営判断の名の下に受け入れてしまうケースを何度も見てきました。日本企業にとって「データ戦略上あり得ないと思われるくらい不利」で、「そもそも順守できない」ような条項もありました。経営陣やデータ戦略責任者、事業責任者は、契約面や法務面を含めた総合的なデータ戦略に、今まで以上に取り組まないといけないと思います。

中崎 隆(なかさき・りゅう)
中崎 隆(なかさき・りゅう)
中崎・佐藤法律事務所 代表弁護士。IT・データ事業、金融・決済の分野が専門。米国での8年の経験などを生かし、国際的な取引に多数関与。ヤフーの広告法務部門 元責任者、経済産業省取引信用課 元課長補佐など。著書として『詳説 特定商取引法・割賦販売法』『詳説犯罪収益移転防止法』『詳説外為法・貿易関係法』他多数。(写真:本人提供)
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大企業には法務部門があります。なぜ不利な契約を結んでしまうのでしょうか?

 もし、「取引データはすべて欧米企業に帰属する」などという条項があれば、法務部門は多くの場合、当該条項についてのリスクを指摘すると思います。もっとも、契約は交渉です。法務部門が大反対したのに、経営陣のビジネス判断に基づいて契約が締結されたという話を噂で聞くこともあります。そこに「リスクがある」と認識した上での経営判断となるわけですが、日本企業とその顧客との間の取引データについて、その権利(ownership)がすべて欧米企業に帰属するなどという条項をのんでしまうことについて、経営陣がリスクの大きさを本当につかんでいるのかと、疑問に思うことがありました。

経営陣が想定している以上にリスクは大きいのではないかということですね。なぜそのような判断をしてしまうのでしょうか? どうすればいいのでしょうか?

 データ戦略面の意識が足りない部分があるのではないかと思っています。

 データ戦略との関係で重要になるのは、「データの帰属」や「データの利用目的制限」などです。ただ、こうした条項の交渉は、譲るか、譲らせるかの二択となってしまいがちで、なかなか譲歩を引き出せないことがよくあります。そこで、他の条項も含めた総合的な妥結案を提案することも重要です。

 ヤフー時代に契約交渉をサポートさせていただいた高田徹氏(当時ヤフー マーケティング・ソリューション・カンパニー副責任者)は、ある重要な案件で、「このデータは本来、こういう性質のデータであって、もともと当社側のデータである」「このデータは5億円の価値があると考えている」「こういう条件が入らないと、このデータは提供できない」などと交渉なさっていました。「5億円」などとデータの価値を認識した事業責任者であるからこそできる契約交渉があると思います。