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 政府が9月1日に設置したデジタル庁の事務方トップ「デジタル監」に起用された一橋大学名誉教授の石倉洋子氏。世界経済フォーラムが主催するダボス会議など、世界の大舞台で活躍してきた石倉氏が、交流した一流のビジネスパーソンから得たヒントを日経ビジネス人文庫『世界で活躍する人の小さな習慣』(日本経済新聞出版)より、一部抜粋、編集して紹介する。(書籍デジタル編集部)

 皆さんの中で、子どもの頃に皆の前で何かを説明する(海外では「Show & Tell」などと呼ばれて実施されている)、自分の意見を言う、先生に質問した経験を持つ方はどのくらいいるでしょうか。最近は小学校や中学校などでもプレゼンテーションに力を入れているところがあるようですが、現在の大人世代は、学校ではほとんど訓練を受けてこなかった方が多いのではないでしょうか。

「あなたの意見は?」と聞かれない日本人

 小さなサンプルですが、慶応義塾大学大学院のメディアデザイン研究科で、こうした経験について、私のプロジェクトに所属していた大学院生に聞いてみたことがあります。そうしたところ、「今まで学校で『あなたの意見は?』と聞かれたことはほとんどない」という答えをしたのは日本人(実務経験を持つ人を含む)、「よく聞かれた」「ときどき聞かれた」という返事はアジアを含めた留学生からのものでした。ある程度予想していたとはいえ、これほど違うのか、と愕然(がくぜん)としたことを思い出します。

石倉洋子(いしくら・ようこ)
石倉洋子(いしくら・ようこ)
一橋大学名誉教授。米バージニア大学大学院経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院経営学博士(DBA)修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て青山学院、一橋、慶応義塾の各大学・大学院で教授を歴任。専門は経営戦略やグローバル人材。資生堂などの社外取締役も務めた。『タルピオット イスラエル式エリート養成プログラム』(共著、日本経済新聞出版)、『世界級キャリアのつくり方―20代、30代からの“国際派"プロフェッショナルのすすめ』(共著、東洋経済新報社)など著書多数。
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 こうした状況が続くと、世界がつながりつつあり、距離や時間にかかわらず誰でも発信ができる、そして直接世界と接触でき、世界の知的活動に参加できる、というITの恩恵をまったく活かせないばかりか、世界と日本、特に若い世代と世界の断絶を加速することになってしまいます。

 ここでは日本でよく見られるディスカッションのスタイルの特色、世界を相手に議論をする上でのコツをいくつかご紹介しましょう。

周到な準備、臨機応変な対応、テンポの良さで周囲を巻き込む

 パネル討論など、いろいろな経験を持つ人を集めて多様な視点から課題を考えようとすることが、シンポジウムなどにはよく見られます。しかし、実際やってみるとおもしろい視点が見られない、新たなアイデアが出ない、活発な議論がなされないといった傾向があると思います。

 よくあるのは、パネリストが準備したスライドを見せ、原稿を延々と読み、モデレーターが少し質問する程度で、パネリスト間の議論がほとんどなく、フロアとの質疑応答がとってつけたようにごく短時間、というパターンです。

 著名なパネリストを集めて意見を聞いたというパネル自体が目的になってしまっていて、立場や経験の違うパネリストがコメントをし、意見の違いの背景を探り、その場で新しいアイデアを導き出す、イノベーションの芽を見つけるといったことはありません。

 一方、海外で行われる会議では、電話会議でさえも、もっと活発な議論が行われることが多いように感じます。

 では、パネルの本来の目的を達成するためには、何をしたらよいのでしょうか。そのコツは、周到な準備、その場での臨機応変な対応、テンポの良さ、聴衆をどう巻き込むか、の4点です。

意見がないと、直接世界と接触でき、世界の知的活動に参加できる、というITの恩恵をまったく活かせない
意見がないと、直接世界と接触でき、世界の知的活動に参加できる、というITの恩恵をまったく活かせない
(写真:G-Stock Studio/shutterstock)
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モデレーターと質問者に求められるスキル

 準備で最も大事なのは、各パネリストがパネルの目的や進行案の概要をあらかじめ理解しておくよう事前に説明し、強調したいこと、触れてほしくないことがあるかを明らかにしておくことです。また、「最初のコメントはポイントだけにしてもらい、一つひとつの発言は短く」といったルールを、メールなどで共有しておくことです。

 海外にいる人の場合は必要に応じて、SkypeやZoomなどで実際に事前打ち合わせをしておくこともポイントです。

 準備を周到にするからといって、発言の詳細原稿をつくってしまうと、即興の意外性や自然な流れが失われ、あまり良い結果にはつながらないようです。

 日本のパネルが往々にしておもしろくないのは、準備された原稿をスライドとともに読むパネリストが次々に登場し、それぞれの主張をしただけで終わってしまうことがよくあるためです。つまり、それぞれの主張のつながりや関係がわからず、なぜ意見が違うのか、ではどうすれば妥協点や同意点が見出せるのか、新しいアイデアは考えられないか、解決するには誰が何をするのか、などが議論されない。議論が白熱して意外なコメントが出る、ということはほとんど見られません。

 では、どうしたらいいのでしょうか?

 観客が専門家ぞろいで比較的少数の場合は、最初のパネリストのコメントは各5分程度、パネリスト間のコメントも2巡くらいにして、セッションの時間の少なくとも半分を観客との質疑応答に費やしたほうがいいでしょう。そうすると、その場でのエネルギーが生まれ、多様な観点から新しいアイデアが生じ、やっているほうも観客も満足度が高くなります。かなり大きな会場でも、フロアとの質疑応答を行ったほうが満足度が高くなる傾向にあります。一方、観客からの質問がない、反応が鈍いという場合でも、黙ってしばらく待つ、逆にパネリストから問いかけてもらうなど、その場で対応します。

 また議論を活性化するちょっとしたコツとして、テンポ良く進めることがとても大切です。会議でも何となく間延びしてしまうと、あっという間にエネルギーが消えてしまいます。モデレーターの権限でコメントをカットしたり、質問に割って入ったりしてもよいでしょう。

 ここまでの話でおわかりのように、モデレーターには皆がどう感じているかを察知する感度、パネルの進行度合いに応じた臨機応変な対応(当初の計画は大体途中でボツになる)のほかに、常にパネルの本来の目的をパネリストや観客に思い出させ、時間管理についても柔軟に対応しながら流れをつくっていくスキルが必要となります。

 一方、フロアから質問する場合は、誰への質問かを明らかにした上で簡潔に質問し、その後に背景を説明するスキルが不可欠になります(延々と自分の主張や活動を説明した後、「どう思いますか」と聞くという、質問とはいえない質問をする人は困ったものです)。

モデレーターには皆がどう感じているかを察知する感度、パネルの進行度合いに応じた臨機応変な対応が求められる
モデレーターには皆がどう感じているかを察知する感度、パネルの進行度合いに応じた臨機応変な対応が求められる
(写真:Apichart Poemchawalit/shutterstock)
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コツを学び、実践する機会が多ければ身につく

 日本では、残念ながら、自分の意見を発表する、それを周囲と共有して違いを明らかにする、違いの背景を探る、議論のプロセスで新しい発見や解決案を見出す、それを共有していく、という一連の訓練が不足しています。こうしたスキルを体得するためのリスクの低い実践する機会がとても少ないのです。

 私が慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科で実施してきたクラスやプロジェクト、そして2010年からアカデミーヒルズ(六本木ヒルズ)で行っていた「石倉洋子のグローバルゼミ」などはすべて、このような機会を若い世代に提供して、力をつけてもらうことを目的としていました。誰でも基本のルールやコツをいくつか学び、実践する機会が多く提供されれば、こうした力を開発することができるからです。

 関心を集めているけれど、組織や人によって見解が大きく違う課題や、利害が対立するステークホルダーが複数いるような具体的な事例を用いた、練習の場を考えてみましょう。遺伝子組み換え食品(GMO)について、食糧不足に悩むアフリカのある国の政府、化学品などの多国籍企業、食糧問題を専門にしている国際的NPO(非営利組織)などの代表として議論する。日中韓米のそれぞれの国の立場から環太平洋経済連携協定(TPP)について議論する、などです。それぞれ自分の与えられた立場から意見を述べ、違った見解を持つ人と議論しながら、解決案を考えていく練習ができます。

 意見の違いから理由を探る、共通項を探していくという作業に慣れてきたら、今度は少し上のレベルを目指します。実現性はあるけれど、事前に想定していない状況を設定して、その場で議論をしてもらう、つまり考えもしなかった状況、「違った」「新しい」コンテクストへの対応を練習するのです。

 たとえば、「電力の固定価格買取制度 (Feed in Tariff:FIT) を活用したビジネスは成り立つか?」という課題について、「成り立つ」「成り立たない」というグループに分かれて議論する。このような場合に、「選挙があり、新たに総理に就任した◯◯氏が、この制度の今後を考えるために、FITビジネスの可能性、功罪についてヒアリングしたいと言っている。その場に呼ばれた2チームは何と説明するか」という設定で議論してもらうのです。

 参加者は予想していなかった設定にまず驚き、戸惑いますが、何とか対応して、考えながら進むという経験をすることになります。

 前述のようなさまざまなスキルが必要なモデレーターについても、コツを学び、実践する機会が多ければ、誰でもできるようになります。

世界で活躍する人の小さな習慣
著者●石倉洋子/定価●880円(税込み)/発行●日本経済新聞出版/判型●文庫判 304ページ/ISBN 978-4-532-19888-6
著者●石倉洋子/定価●880円(税込み)/発行●日本経済新聞出版/判型●文庫判 304ページ/ISBN 978-4-532-19888-6

 「成果が出なければ、すっぱり見切る」「意識してつきあう人や場所を変える」「完璧は目指さない」「自分の市場価値の考え方」――数々の企業の社外取締役を務め、国際的に幅広く活躍する著者が、次世代のリーダーに向け、「世界標準」の働き方や考え方のコツを伝授します。今日からすぐに取り入れられるエリートたちの習慣とその理由を解説しています。著者は、組織に属さないフリーの翻訳家という立場からスタートし、バージニア大学大学院で経営学修士(MBA)、ハーバード大学大学院にて経営学博士(DBA)を取得した後にマッキンゼーにてマネジャーを務めました。ダボス会議にも参加し、国際的に著名な日本人でもあります。2021年9月1日に新設されたデジタル庁の事務方トップであるデジタル監に就任しました。