
二酸化炭素(CO2)が企業を揺さぶっている。カーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)に関しては2030年や2050年といった時間軸での報道がなされるが、これは「将来に解決すべき問題」ではなく、「今取り組まなければならない問題」である。では、企業は何をどのように考えて取り組めばいいのか。その疑問への答えを、ボストン コンサルティング グループ(BCG、東京・中央)の著者陣が書籍『BCGカーボンニュートラル実践経営』(2021年11月、日経BP発行)にまとめた。著者の1人で、BCGジャパンのカーボンニュートラル・気候変動領域を統括する丹羽恵久氏に、カーボンニュートラルを取り巻く状況について聞いた。(聞き手=松山 貴之)

「カーボンニュートラル」は「地球の気候変動問題を解決する」という大義があります。欧州連合(EU)が先頭を走っている印象がありますが、他の国のスタンスはいま1つはっきりしないように思います。現在の世界の状況を教えてください
米国、EU、中国、インドなど、国・地域によってスタンスが違います。おっしゃるように大義は「地球の環境問題」ですが、その実態は「エネルギーを軸にしたビジネスの戦い」です。各国は自国に有利になるよう、したたかに戦略を練っています。
EUはカーボンニュートラルを最も積極的に推進しています。自分たちが主導権を握ることで、EU圏の大きなマーケットを守るだけでなく、アフリカなどの新興国への勢力拡大ももくろんでいます。
中国は複数のカードを持っています。エネルギーの自給率は高く(米国に次いで世界2位)、再生可能エネルギーへの転換を急ぐインセンティブとはなりません。また、経済も強いですし、基本的には共産党の意思だけで政策決定できるので世論を意識する必要性は低く、「カーボンニュートラルに取り組まなくてよいのか」という世論のプレッシャーが弱いと言えます。そうしたカードを持つ一方で、再生可能エネルギーの特許などを多く取得し、太陽光発電などには積極的に取り組み、EV(電気自動車)に関しては世界一の市場です。
アフリカや東南アジアのマーケットへの影響力は大きく、EUとは違ったかたちでカーボンニュートラル推進国の立場に立てるカードも持っています。また、ほとんどの先進国が2050年を目標年に掲げるなか、中国は「2060年のカーボンニュートラルをめざす」と宣言しています。10年のタイムラグを生かしてアジア・アフリカなどの新興国で自国企業に制約のない活動を進める姿勢は明らかで、世界の動きを見て最も利のあるポジションを取ろうとするでしょう。
インドは、カーボンニュートラルに関しては難しい状況にいます。難しいというのは、カーボンニュートラルを推進したい面と、推進したくない面の両面があるということです。石油などエネルギーの多くを輸入に頼っているため、自国産の再生可能エネルギーへ転換し他国への依存を脱するという意味でカーボンニュートラルを進めるメリットはあります。一方、経済はCO2を多く排出する産業が中核であり、急ピッチのカーボンニュートラルは自国産業へのマイナス面が大きいのです。
米国は、一番揺れているとも言えます。エネルギーの国内自給率は高いので、国内的にはカーボンニュートラルを急速に進めるメリットは必ずしもあるわけではない。しかし、国際世論の中で米国政府のプレゼンスを保つためには推進する必要があります。また、米国のグローバル企業は、欧州などの先進マーケットも意識する必要があるためカーボンニュートラルの対応をせざるを得ない状況です。一方で、トランプ大統領からバイデン大統領に変わって「クリーンエネルギーへの転換」を打ち出していますが、共和党が次回の中間選挙以降勢力を取り戻すことがあれば、方針が逆戻りする可能性もあると言えます。ただ、世界の動きが鮮明になり、自国に有利なポジションが明確になれば、強引にでもそこに着こうとするでしょう。それまでは様子見です。
そうした世界の動きの中で、日本はどういうスタンスで臨むべきでしょうか
エネルギーを海外に頼っている我が国はカーボンニュートラルを推進しないという立場はとれないでしょう。備えるという意味も含め、いずれのシナリオになった場合でも日本政府と日本企業はカーボンニュートラルを進める必要があります。とはいえ、EUと同じようにいきなりトップスピードで進めるのが正解とも言えません。EUと日本では、再生可能エネルギーへの現時点の取り組み状況にも将来的なポテンシャルにも大きな差があります。日本は再生可能エネルギーだけでなく、水素やアンモニアなど、さまざま状況を見極めて動くことが必要です。